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美しい山の鳥達のさえずりをお聞き下さい。7/15朝、北海道手稲山。iPhone4sで撮影した動画をyoutube up。   

北海道ツアーの楽しみの一つに、札幌テイネ山の山小屋で迎えた早朝、近辺を散歩しながら聴く鳥達のさえずりと草花や木立や美しい緑の木々の眺め、そして朝の太陽のきらめきと霊気漂う澄んだ空気を味わうことがあります。

毎年来るようになって数年、この感動は代え難い宝物の一瞬ですが、夏でも霧に包まれた神秘的な光景であったのが、今年は快晴。
数人の山男達と散歩しながら撮影したので、少々人声も混じりますが、最後に居残って人の気配を排したのもあります。

今日(7/20)は、東京もこの7/12~17滞在した北海道と同じ様な涼しい気温と空気になりました。帰京後の数日間の猛暑が嘘みたい。またそのうち暑くなりますが、この動画で涼んでください。
(音が小さいのでスピーカーに接続して聴き、画面をフルサイズにして観ると、雰囲気が出ますよ。ただし終わったらすぐスピーカーへの配線を抜かないと別の音楽が流れた時大音量になるので気をつけて。)






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by imamusic | 2012-07-20 12:48 | 日々徒然 | Trackback | Comments(2)

北海道一週間の旅・・・山と人と音楽と・・・   

北海道、行って来ました。

7/12(木)新千歳空港到着したら、小雨が降っていた。すぅーっと涼しい北欧のような(行ったこと無いけど)空気が気持ちいい。
世話人で同級生のM君と、官公庁お勤め退職後出身地でも職場のあった東京でもない、懐かしい母校の近くの札幌市内に居を構えたK氏、彼らが学生時代下宿した山スキー部のロッジの管理人のおばさんSさんが札幌から車で迎えに来ていた。スピーカーとピアノと同乗で苫小牧に直行。

苫小牧東病院病棟コンサートは去年に引き続き二回目です。
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病院スタッフが400名位で常時200名は院内でお仕事をしているそうです。
リハビリステーションを重視して在宅看護を大切にしているとのことで、
自立したリハビリを促すための努力と、長期療養の患者さんのケアは素晴らしい。

アイデア豊富で前向きな病院方針で感心してしまう。
でも病棟から出られない患者さん、それに付き添うご家族やスタッフの皆さん、生演奏を聴きに行くなんてことは夢のまた夢。それをこうやって楽器を運んで巡回してライブをして回ると、奇跡が起こる。各病棟のナースステーション前の食堂で30~60名くらいの人達が集まり、近くの病室の寝たきりの人は寝たままで、私の歌と演奏を聞く・・・なんというアイデアでしょう。
「ふるさと」や「知床旅情」では、思い出す景色や想いに胸が詰まり、どこでも泣きながら歌ってくれる。中年を過ぎた漁師のような付き添いの男性と、手を繋いでいる動きも少なくなった患者のお父さんの涙。「テネシーワルツ」に待ってましたと歓喜する女性。ジャズソング「私の青空」などは手拍子の渦。こんなに歓迎されて喜ばれて・・・音楽やっていて良かった。

7/14(土)このツアーのメインイベント「かんばの会」。札幌テイネ山の山小屋の庭でのジンギスカンパーティーだ。ここでライブしないか、とM君から誘われたのが2009年の夏。そんなことがいったい意味があるのか?という空気もあったけどやってみたら大成功で、毎年来い、と。少しは私も演奏するけれど、みんなが歌う「山の歌」の伴奏に徹する。伴奏が無いのも素晴らしい。でも伴奏が付くとなんだか楽しくなって結束力が出てよくなる曲もあるのだ。
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ライブはむしろ、このパーティーが終わった後山小屋に宿泊する半数の山男達との屋内ライブがいい。思う存分、懐かしい映画音楽やスタンダードナンバー、昭和の歌などを歌った。10/13に北大クラーク会館で行う北大スキー部100周年記念の作曲応募作品をY君とM君が二重唱で初披露。良かった!
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外は打って変わって晴天の夜。満点の星空、まさに降るような星達がこずえの間から光を放っていた。気温はなんと8℃。この真夏に室内では薪ストーブを焚いた。


7/15(日)翌朝は素晴らしい快晴で、朝の散歩に行ったら石狩湾の対岸ラインが綺麗に見えた。
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左の山の陰には、小樽がわずかに見える。

そのまま車に分乗して道央ハイウェイを通り北へ北へ。写真フェスで有名な東川という所の道の駅で休憩して、大雪山旭岳にある北海道教育大学自然教育施設、という宿泊研修ロッジへ。
旭岳で40年前に雪崩事故にあい遭難した学生5名の追悼式前夜祭で、全国から50名近く集まった。助ける事が出来なかった事への検証や想いなど、一人ひとり胸に迫る話が展開し、現役学生も5名いて、彼らに伝えなくてはいけない、と切実な思いで皆が話した。そしてやはり、「山の歌」を心を込めて歌った。ピアノも車に積んで持っていったので伴奏をした。
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7/16(月)いよいよ旭岳に登る。昔下宿のそばで「桃屋」というラーメン屋をやっていた元気なおばさん(お婆さん)や、管理人夫妻、最近雪崩にあい両足を骨折してようやくリハビリでなんとか歩けるようになった現役や年取って杖なしでは登れない人なども物凄い山に登った。行きはロープウェイで。
着いた駅は「姿見の池」。
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振り返ると雲海が広がり、目の前には残雪があった。
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険しい山道を延々と歩き、道から外れた藪を搔き分けて、遭難現場に到着。大岩にある鉄板の碑を囲んで、花と線香と弔辞と、現役の誓いの言葉、そしてやはり、「やつらも聞きたいだろう」と「山の歌」の合唱。
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歌が、こんな形で、言葉では伝わらない想いを共感することに役立っている。山の歌、山の生活、自然の教え・・・本当に、に来てよかった。

道端の小さな花や生き物に、命の美しさ、哀しさを教わった。
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東京で、この体験をどうにかして伝えていきたい。
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by imamusic | 2012-07-19 16:54 | 音楽的生活 | Trackback | Comments(4)

北大山スキー部OB達との一週間。北海道ツアーに行ってきます。   

明日から、毎年この初夏の季節に行く北海道ツアーに行ってきます。
ライブツアー・・・というかどうかわからないけど、ライブじゃない、とも言えない様な、そんなスタイルのツアー。私は、このスタイルが好き。

呼んでくれるのは、北海道大学山スキー部OBの皆さん。
卒業した大分の高校の同級生がここに進学したのが縁で、数年前から演奏させてもらっている。
その話はとても面白い展開で話したいけど、長くなるので省略。

今年のスケジュールをかいつまんで言ってみよう。

7/12(木)早朝便;羽田から新千歳空港へ。そのまま大急ぎで苫小牧へ。
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このコンサート、とっても珍しいやり方で、病棟の病室のある階から移動できず、点滴をつけたまま昼食をとるような患者さんがたくさんいらっしゃるので、通常の病院コンサートのようにエレベーターを使ってどこかロビーや広間などの一箇所に集まってくるというのではなく、私と楽器や機材自体が移動して回る、というスタイルなのだ。
この病院は、何かとてもアイデアや工夫を前向きに取り入れて生き生きとやっているように見受けられる。副院長は山スキー部OBだが、モンブランでスキー滑走中に足を滑らせて氷河のクレバスに落ち低体温になって奇跡の生還をした人その不思議な体験を是非読んでみてください(pdf)
奇跡の生還は、彼の意志の強さにもよる。生還後にこの病院設立に参加し、リハビリの患者さん達に、やれば出来る、ということを示すため100kmマラソンなどに挑戦している。その生きかたには私自身も叱咤激励される。明日は、買って10ヶ月というアルトサックスを一緒に演奏してくれるとかで、今特訓中だそうです。

7/13(金)、北海道大学の音楽講座を今年も頼まれたので後日行きますが、その時にiPhoneアプリのirealbを大画面にミラーリングで投影して学生さん達に紹介したいので、その打ち合わせに北大博物館に行きます。(講座は7/24。去年同様、チェンバロでジャズ演奏をしながらの講義です。)

7/14(土)、いよいよ旅の目的、手稲山のパラダイスヒュッテの庭での野外ライブです。去年の北海道ツアー写真はここ。

ここで帰るつもりでしたが、今年は旭岳雪崩遭難事故追悼集会40周年式典に参加することになりました。同級生M君が二年生の時、山スキー部で旭岳に行って雪崩にあい、二つのテントのうち一つが完全に潰されて5名の学生が亡くなったそうです。2年ですから20才。そんな若い時に仲間の学生が目の前でそんな事になるなんて。きっとずっと背負って生きてきたんですね。毎年やるそうですが今年は40周年で、大きな節目、遺族の方たちも高齢でこれが最後かも、というので、在京山スキー部OB忘年会ライブでお会いした犠牲者の年取ったお母様のことも思い出し、縁を感じて参加することにしました。

7/15(日)大雪山旭岳温泉:北海道教育大大雪山自然教育研究施設にて、旭岳遭難40周年記念式典前夜祭に参加。山の歌の伴奏担当。

7/16(月祝)旭岳盤の沢にて、追悼式典。(ここに行くにはロープウェイに乗り湿地を通るのでしっかりした長靴を持参するように、とのことです。)どうしてこんなところで遭難?と思うような素敵な高山だそうで、だからこそやるせない。この事故を知って雪崩研究に一生を捧げた先輩(若林隆三さん)もいます。彼の開設している長野県白馬の「アルプス雪崩研究所」にも行きました独学でピアノの弾き語りをされる方で、スキー部創世記の山の歌指導係だったそうです。

7/17(火)帰京予定。


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この後、また授業の為に7/23から札幌に行きますが、愛犬が寂しがるので一旦帰宅します。



その愛犬、今日はなんと!初めて海岸に行ったそうです。昨夜は23:00から自宅で次男の誕生日パーティー飲み会をしました。長男がやっとこさっとこ「その日」のうちに来訪間に合い、話が盛り上がり、今日は偶然二人とも仕事休みだったとかで、レンタカーで由比ガ浜まで愛犬のセントバーナードを連れて行ってくれたようでした。

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もう10才半のセントバーナード。最近は足があんまり上がりません。引きずるほどではないけれど。ちょっとした段差は嫌がり、立ち姿を後ろから見ると足がプルプルしてる。なんだか顔付きも、とーっても年取った。海岸にはたくさん犬が居たようだけれど、そういった自分の老いぶりの自覚症状は無いようで、気分だけは強いイヌ!紳士な犬達を横目に。ウーー、ヴァンヴァン、と吠えていたそうだ・・・アセ。

そろそろ、コヤツとも別れが近い。長い付き合いになると情が深くなる。たぶんヤツが逝った時やその後よりも、今現在の方が別れのイメージを持っていて、私はついしんみりしてしまっているような気がする。

でも、イヌの人生、いや犬生、は短いけれど、人間は長い、とも言えない。
今日、産まれて6日目で死んでしまったパンダの赤ちゃんの報道を見て、不思議ととても胸が痛くなった。なんでだろ?衆目の注視を浴びてのパンダ親子の生態観察と多額のお金と国交まで含んだ様々な想い、このパンダの一件は複雑で、私にとっては多くの連想と学びに発展する。私の3回の出産と子育てはなんとか無事に済んだが、成長するまで同じ様な心配は常に孕んでいた。シンシンの無垢な母性行動も頭でなく同一体験の記憶で種を越えた共感がある。

産まれる、という事の無条件に幸せな感動と、亡くなるという事の喪失感や無念さ、心の痛みの、この対極的な気持ちの動きは何を意味するんだろう?

一緒に生活したバイオリニストの義母の葬式で、お経が流れて焼香が始まった途端に急に悲しくなって涙が止まらなかった。パンダが産まれた時はワクワクした。浅草ジャズ祭で来日していたアメリカのバンドが物凄いグルーブ感で演奏しだしたのを客席で聞いていて、それがどれほど凄いかを力説していた1年前に亡くなったパートナーを思い出し、一緒に共感する相手が居ない寂しさが突然心に吹き荒れ、涙が止まらなかった。そうやって人の生死に遭遇し強い感情を体験して自分自身が以前より強く穏やかに成長していくのを感じるようになった。

あ・・・今日は東京では盆の入り、か。昨日おがらを買ってきて迎え火を炊いたので、三途の川からこちら側に空中を霊が飛んできてるのかもしれない。明日は格安チケットで北海道に飛ぶのだから、呼ばないでほしいな。
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by imamusic | 2012-07-11 22:58 | 日々徒然 | Trackback | Comments(2)

新聞との付き合いと生きかた   

今日は梅雨の真っ只中のような東京・・・昼近くなって目覚め、雨戸の外はカァーッと暑い夏の日差しかと予想し勢いよく開けたら、隣家の庭の生い茂った木々の緑と古い家屋の灰色の屋根瓦にシトシトと降る雨が空間が目の前を覆い、モノトーンのかすんだ風景と湿った葉の匂いがうっすらとたちこめて、まだ夢の続きのままのような、幻想と現実のはざまのような、そんな朝(?)を迎えた。

以前はこの後、本日の自分の立ち位置を確認するために、キッチンに降りて朝食をとりながらテレビのニュースでポイントを確認し、最後に珈琲を飲みながら新聞に目を通す、という流れだった。
テレビと新聞では、自分への影響がかなり違う。そして、各新聞会社の姿勢も内容も全然違う。

子供の頃は国家公務員の父が選んだ朝日新聞。嫁ぎ先では明治生まれで日本画家の義父が東京美術学校卒業後挿絵を担当していたという理由でやはり朝日新聞。約半世紀の間、私にとっての新聞は、定期購読の朝日新聞だった。

「天声人語」が文学的に高い評価を得るほど、朝日新聞の文章は、句読点の使い方や文章の組み方、比喩のセンスなど、私の好みにマッチするものが多く、長く信頼していたので、地域の子供達の為に人生の真理とリアルタイムな社会背景を交えて物事を考える演劇活動の共同作業で、リーダーとしてのポリシーに役立ち、1997年の「栗太郎」というオリジナル戯曲などはまさに、朝日新聞記事を基にして、N.Y.でKids Spaceというホームページを立ち上げ世界中の子供達の文化交流を牽引していた日本人女性と連絡をとり、そこにアップされていたアメリカやフランスの子供達の作品をミュージカルの中に取り入れ日本の子供達の現状打破に結び付けてみるという実験の作品だった(これは下北沢演劇祭での北沢タウンホール、世田谷パブリックシアター開場記念フリーステージでのシアタートラム、東京都地域演劇祭での池袋芸術劇場で上演した)。

が、10年前、我が家は家庭崩壊をおこし、新聞は定期購読しなくなった。そのうちインターネットが発達して、ニュースはネット閲覧で済ます事が多くなった。崩壊の影響も下火になり落ち着いた頃、私の生活は一変して毎日のように電車を乗り継ぎ外出する日々になっていた。時間の隙間に使いたい頭は、何故かやはり現在の社会的立ち居地や社会状況を確認するということで、キオスクで新聞を買うことが多くなったが、その頃の朝日新聞の見出しの小さなコメントは風刺の角度が私のセンスを逆撫でし、それを読んだだけで嫌気が差すようになり、初めて他社新聞を選択する、という気持ちになった。

そうしてみると半世紀の間、なんと朝日新聞だけに育成されてきた偏った選択だったんだなー、と気づいた。三人の育児を体験した今でこそ、自分の意見というものがハッキリあるが、人生は迷うことが多く、ここに来るまでは、特に若い頃は、何が正しく何が正しくないのか、何をどうすべきか、なんて全然見えず、朝日新聞を頼りにしていたのだ。

でも他社新聞を読んでみると結構違うもんだ。よく言われる右寄り左寄り、なんてのもあるのかもしれないが、そういう論争は我々より少し上の団塊世代のおしゃべりに任せておきたい(文章の上手さは、朝日新聞に馴染んでしまうと他紙は物足りない気もするが)。安保闘争など体験していない息子達若者世代が未来そのものであり新聞社社員の中心は私達より若く、歴史に学びつつも常にありたいのは、現在と未来だ、私にとっては。

で、次に信頼できるのは読売かな?なんて思ったり、大して変わらないから産経でもいいか、なんて思ったり。でも産経新聞は現在、iPhoneアプリで全頁を無料で読めるようになってしまった。老眼に殆どなってない私はそこで読めてしまう。
そこで、最近は、地域のことも面白いかも、と以前は最下位選択だった東京新聞の夕刊(40円)をメインに買っている。

さすがに40円だけあって全く空振りの日もある。ザーッと目を通してネットニュース短文と変わらないだけの時もあるのだ。でも新聞ならではの四コマ漫画や投稿俳句、ミニミニコラムなど、壁新聞並みの手作り記事が楽しい。

そうこうしているうちに、東日本大震災関連の記事への視点や取材姿勢などの東京新聞独特のものを感じ、私の共感アンテナが久しぶりに響いた。被災者インタビューや彼らの現状や家族・生活のこと、原発に関するコラムなど、気負いが無く地に足がついた民間人目線の文章で、こちらの力みも抜ける。自然エネルギー生活の仕方を自分なりに取り組んでいる芸術的ともいえる若い人達の最近の連載記事には着眼点と取材の優しさ・確かさに感心し、私自身の芸術活動の新しいポリシー作りに今役立っている。

何故東京新聞が、これほど今響く?・・・そんなことも考えて、東大や京大卒などの官僚コースに学んだ人達が多いと思われる(かなり偏見か?)朝日新聞と、発行部数も少ない一地方新聞の東京新聞の差は、産経や読売、毎日を飛び越えた潔い位置にあるのかもしれない、と思い、どこか力みのあった自分自身の長年の生き方をもう一度、独りの人間として考え直す気持ちになった。

つい先日、原発事故調査委員会の調査結果発表があり、大事なその記事をどの新聞で読もうか、とキオスクでしばし立ち止まってしまい、やはりこの記事は…、と朝日新聞を手にした。久しぶりに襟を正した感じの、朝日新聞らしい奥ゆかしさとシャープなインテリジェンスが見えて、私には良かった。この発表の後ぞくぞくと流されるであろうテレビのあーでもないこーでもない、という報道番組は観たくもない。

翌日の朝刊…ちょうど外出する用があり、昨日の発表についてのコメントが気になって朝刊を買いたかった。少し前の、嫌気がさしていた朝日第一面の風刺短文の毒はこの日抜けていた。天声人語を読んでうなった。時々独り相撲もするこの欄だが、この日の文章は素晴らしかった。文学的にも精神的にも。

しかしまた、明日からは東京新聞に手を伸ばそう。今の私には、息子世代から学ぶものが多い。我が長男は、成果主義の会社勤めに嫌気が差し、とうとう最近脱サラして農業の勉強を始めた。お嫁ちゃんと二人で農業をやるそうだ。大事なものが何なのか、その臭覚が私より勝っている。
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by imamusic | 2012-07-07 13:01 | 日々徒然 | Trackback | Comments(4)

sam cooke の音楽・生き方のDVDを観て、大いに刺激を受けた。   

先週の週末は、サム・クックというアメリカの男性黒人歌手の音楽と生き様をまとめたDVDを観た。
私の苦手な黒人的歌いまわしがあまりなく、でもとても根源はそこにあり、しかし彼のメッセージ「1 color」を共感し、また、歌うこと、音楽をすること、など、私の課題を刺激した。
翌日、youtubeにたくさんの同じ様な動画があり、それらも含めて大変勉強になった。

これはパート1だけど、この関連の動画がたくさんある。
今日はこれからライブなので、とりあえずここまでアップし、またその続きは今度。
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by imamusic | 2012-07-03 18:11 | 音楽的生活 | Trackback | Comments(0)