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指紋なしでナントカ終わった連日ライブ   

ふぅ・・・。初<指紋なしライブ>が終わりました。
どうなることかと思ったけど、昨夜のキンのツボの方は、生グランドピアノということもあってか、
相手が生楽器だとこちらも新陳代謝がいいような感じで、全く演奏中は苦にならなかった。
しかし今夜(立川B3)は・・・やはり楽譜がうまくめくれず・・・
シャカシャカシャカといつもより激しいめくる音をマイクが拾うらしくて
お客様が「その譜めくりの音、夢に出そう、耳についちゃって」と言っていた。うーむ。
しかしまあ、演奏と歌を気に入ってもらえて、途中奥様まで呼び出し
あんまり熱心に聴いてくれるのでこちらもつい念入りに演奏し歌ってしまったら
いつの間にか23:00近くになっていた。あやうく終電に乗り遅れるところだった。

連日ライブは、今までに無くピアノ伴奏と歌のバランスがとれ、
私も工夫をする楽しさがあった。
そのニュアンスの違いをわかるお客様も多く、充実していた。
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by imamusic | 2009-01-31 02:46 | 音楽的生活 | Trackback | Comments(0)

ヤバイ!指紋がなくなった!!   

今月半ば辺りから、指先に異常をきたしている。
例のアルバイトで三が日水仕事をしすぎたからだろう、と思っていたが・・・。
今までに無く、ひび割れがすごい!爪もあちこち割れてる。
衣類引っかかっては痛く、更に傷口を広げそうで、気になって仕方ない。
痛い指にバンドエイドをしたら、残る指は両手で3本だけになってしまった。
合唱仲間で薬剤師のIさんが、「馬油(ばーゆ)を塗って木綿の手袋をして寝ると治ります、送ってあげますから」というので、郵送された薬を塗って(踵もひび割れてた、歩くのにも痛い)手袋と靴下を履いて寝た。寝相が悪いと幼少より弟に文句を言われていた私は、朝になったら全て脱げていたが・・・まあ少しはよくなったかな?
と思う間に、今度はなんだか指の腹がつるつるしてきた。よく見ると、指紋が何故か無くなっている!あと少しで引っ越した後始末の書類や段ボールの整理がつくというのに、やり始めるとつかめなくて、すぐにイヤになってしまう。主婦劇団FMCの作曲も最後の数曲残っていてもう書き上げないとヤバイのだが、いつもなら気合充分でバシバシやっているところが、五線紙がつかめない。とたんにモチベーションがサササーッと引いて「気」が失せる。
まだひび割れだけならよかった。この、指紋が無くなる、ってのは、糠に釘のような不気味さで不安を与え、やる気をなくさせる。指紋って、大事なんだなあ・・・。
夜が明けたら、今年の「キンのツボ」ライブ初日だ(今月は第五木曜日)。うひゃー!指紋が無くなってピアノを弾くなんてこと、今まで無かったよ。楽譜、めくれるかなぁ・・・?
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by imamusic | 2009-01-29 00:30 | 日々徒然 | Trackback | Comments(7)

母校・大分上野丘高校野球部が60年ぶりに甲子園へ!   

21世紀枠というシステムが出来たそうで、
今年の春の高校野球選抜に、母校・大分上野丘高校が選ばれました。
もう半年当たり前からなんとなく同窓生の間では淡い期待を語り始め、だんだん期待は盛り上がり、新年会でははちきれそうになっていました。

九州のスポーツライターの方が、決まった瞬間の上野丘高校校長室の様子や学校の様子を、ブログで写真入で紹介しています。
こちらのページ(クリック!)!
卒業生なのかな?
写真や文章に釘付けになりました。緊迫感あふれ、素晴らしい!
東京の在京生同窓会にも毎年顔を出して見知っている校長先生が映っています。3月には定年勇退のはず。素晴らしい花道になりましたね。
こんなことを経験する校長先生なんて、上野丘では滅多にいない。その校長先生も私達の先輩です。
3月下旬はヒートしそうです。いえ、もう同窓生・地域の人達・関係者など、あちこちで嬉し涙にくれています。出来れば是非、大阪に応援に行きたい!
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by imamusic | 2009-01-27 00:27 | 大分上野丘高校校歌 | Trackback | Comments(0)

2/13(金)下北沢タウンホールで今年も主婦劇団公演!   

早いもので、我が主婦劇団FMCの公演が14回目を迎える。
1992年創立なので、もう16年も続いているのだ。
創立は私とIさん。
子供達が同学年のよしみで、主婦同士で交流のあったIさんから電話があったのは、お互いの最後の子供が小学校に入学して送り迎えがなくなり、やれやれと思った1992年春。
「主婦が参加できるような劇団を作って!」という電話だった。
PTA活動を利用してやろうということになり、始まった。
その歴史はこのページ(クリック)の一番下から書いてある。
途中、1997年、近くに素晴らしい劇場が出来た。世田谷区三軒茶屋のキャロットタワーの中にある世田谷パブリックシアター。
家庭生活の道に入ってしまった私は歓喜し、準備委員会「文生」という区民参加集団に入って、劇場オープニング記念フリーステージで区民ミュージカルを企画した。「商店街盛り上げましょう株式会社」というオリジナル台本を、主婦劇団FMCで自らの脚本家としての才能に目覚めたフライングママさんに書いてもらい、音楽と演出を担当して、区報で出演者を募集し上演した。
その時72才で応募出演した女性Kさんに、主婦劇団FMCを紹介したら、彼女は入団し、毎年、下北沢演劇祭での公演に出演参加している。現在は83才だ(写真右)。
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プロではない、という柔らかい参加の仕方だが、存在感は素晴らしく、声はむしろ若手よりしっかり大きくお腹から出てよく通り、品位と味のある魅力的な声で、鏡の国の闇の女王、という役柄を今年は演じている。ますます美しくパワフルになっているのはどうしてだろう?彼女を見るとみんなびっくりし元気をもらう。(なんと、週に3日はプールで泳ぎ、近所のカラオケサークルにも参加しているとのこと。)
インフルエンザの流行るこの季節、のんびりはしていられない主婦達が、自分の生き甲斐として真剣に稽古に取り組んでいる。
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by imamusic | 2009-01-25 03:16 | 日々徒然 | Comments(0)

今年の一大イベントは5/17、青山で。   

かねてより考えていた企画、いよいよ始動しました。

今年は、数年かけて行ってきた企画ライブ「昭和モダンのジャズレヴュー」が10回目を迎えます。
そこで、一昨年より行っているバースデイコンサートも一緒にして、
誕生日の5/17(日)19:00~Live House「南青山MANDALA」で、
いまむら直子バースデイコンサート「昭和モダンのジャズレヴューVol.10」を開催することにしました。
会場、まだ仮予約ですが、出演はいつものトリオメンバー中屋博之氏(Drums)、宮崎正秀氏(Wood Bass)の他、なんと!昭和ジャズ評論家の瀬川昌久先生が解説、あの歌う名トランペッター筒井政明氏も出演してくださることになりました。
12月の大分ブリックブロックでのコンサートDVDを観直しながら、反省とアイデア、課題がたくさん出てきましたが、5/17は私らしく面白く味わいのあるコンサートにしたいと思っています。
約4ヶ月の準備期間、勝負時です!
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by imamusic | 2009-01-16 11:16 | Comments(3)

猫も犬もあったまる   

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冷え込む正月、人間も寒いが、我が家の猫と犬も同感らしい。
台所のストーブの前で丸くなる猫のヒヨコちゃんと、暇で暇で…と足先をガジガジしているセントバーナードのガルバンソ君。
お互い、なんとなく存在依存症。
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by imamusic | 2009-01-15 11:32 | Comments(2)

面構え   

数日前、大分から、12月の大分ブリックブロック凱旋コンサートのDVDが送られてきた。
東京の同窓生達が、大分の実行委員会の同窓生達に観に行かれないので録画して欲しい、と頼んでくれたのだ。

改めて、自分の演奏姿を観た・・・いいじゃん、結構、いいとこまできてるよ、あんた。
ライブの臨場感は、映像ではなかなか伝わらないが、PC内の映像再生ソフトの音質を"ノーマル"から"ホール"というのに選択しなおしたら、俄然、雰囲気が出てきた。
あの時はもっと、手に取るように空間の感動や人々の心の波動を、肌と心でずしりと味わったものだ。映像そのものからはそこまでは伝わらないものの、現場に居た人間として、映像をきっかけに、その感動が蘇る。
映像を見ることで、自分自身へのダメだしも多く、それを直してもっと素晴らしい表現にするという目標も持てた。私の表現を熱い思いで受け入れてくれる人達がたくさん居ることも再び実感し、おぼろげな未来の指針がはっきり姿を現してきたように思えた。

ライブ直前の老人ホームで、色紙にサインを書いてくださいと言われ10枚ほど書いたが、名前のサインの他に文字のメッセージを入れたほうがいいと言われ、いくつか提案した中で、それがいいよ、と同級のF医師に言われた文字は「縁」。
改めて、DVDで演奏中の自分の面構えを観た。「縁」を深く感じ始めてから、その深さの密度によるのだろうか?私の面構えが変わってきているように思える。

私は、映画「卒業」「薔薇の刺青」などのアン・バンクロフトや劇団民藝の大先輩・奈良岡朋子さんが好きだった。好きなのは、その面構えだ。演出家の故・元パートナーは、私の若い頃からの総合プロデューサーでもあったが、「お前はまだ顔が出来ていない」「人間、40を過ぎてやっと顔は出来てくる」などと言っていた。多感でじゃじゃ馬で負けず嫌いなお気楽エゴイストの私は「人の心の機微を理解しない奴だ!」と、よく怒られた。死の5年前より極度のアルコール依存症になり、自らのスペクタクルドラマを痛みを持って大暴れで楽しんでいた頃、ふと私の顔を見て「お!・・・少しは面構えが出来てきたな」とニヤリとしたものだった。

元旦より引越しで新居に移り、間取りの関係で、故人の写真とお焼香の場所がダイニングキッチンの棚の中になったので、見る機会が多くなった。台所には彼の愛犬ガルバンソの寝床もある。「やっとおさまるところにおさまったね」とニッコリしたのは、私達の演劇活動の継承となっている声優養成学校に通っている三男。写真を見るたびに、生前は対応に必死で殆ど感じなかった、感謝の念と、自分の未熟さへの懺悔の気持ちが、沸き起こる。

大分滞在初日の老人ホームから昨日手紙が来た。入所者からの伝言だそうだ。
「久しぶりに生の演奏と歌声を聞かせていただき、よい時を過ごさせていただいた。こんな楽しいことがあるなら、お迎えはもう少し待っていただこう。」とのこと。理事長からは「入所の皆様に取りましては、どこか懐かしく又モダンな感じのする曲ばかりであり、いつの間にか直子ワールドの旅人となり音符の一節一節に異なる風景を見、歌声の一小節ごとに想いを巡らせ、今のこの瞬間の幸せを感ずるような旅をなさっていたように思います。」と、名文の感想が寄せられていた。

魂は不滅だとするならば、元パートナーの私への総合プロデュースは私の生き続ける限り不滅だ。その気配を共感してくれているかのような同窓生達が、現世では実質的なプロデュースをしてくれている。私の中では、これは奇跡だ!
生きている間に出来ることは限られている。今後、私のするべきことは、このわずかな時間に、楽しい想い出を共有でき、生きてて良かった、これからも頑張ろう、と思ってくれるような音楽活動をすることだろう。

引越しの後片付けと音楽作業場の設定が出来上がらないので、徐々に新年が始動しています。したがって今年は1/29(木)が「キンのツボ」ライブ始動日。(1月のみ、店の都合で第5木曜日夜です)。
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by imamusic | 2009-01-12 11:37 | 日々徒然 | Trackback | Comments(2)

今も乗りたいあの車   

先程テレビを見ていたら、日産のゴーン氏が村上龍氏と対談をしていた。
ゴーン氏は、あのフェアレディーZを復活させた人なんだそうだ。
「車は、遠くへ速く、という車と、乗っていると気持ちいい、という車がありますね」と村上氏。
そこでゴーン氏は目を輝かせ「車は情緒と愛着がある製品、こんなのは他にないでしょう?落ち込んだ気持ちのときでも車に乗って運転すると、たちまちその魅力にとらわれて顔がニッコリし気持ちが癒されていく、だから将来も悲観しては居ない」と。

実は私は車の運転が好きだ。
20代後半は、毎晩、旦那様の車、セリカ1600GT(通称ダルマセリカ)を借りて青山通りを運転して走り、ホテルニューオータニの地下駐車場に入ってジャズピアノ弾き語りの仕事をしていた。この車の形、それ以後のセリカにはない外国風の香りがする。小ぶりでお洒落で速くて、大好きな車。乗っていた車は白い車体に左側は鮮やかな原色の青色、右側は赤色、ボンネットには何やら英語がたくさん貼ってある奇抜でカッコイイ色合いだった。深夜の帰宅時、赤坂御所の横の信号待ちで、窓を開けていると風が顔に当たって気持ちよかった。オートバイがブルンブルンと数台横に来てあわてて窓を閉めたっけ。
30代になってからは、会社(プロダクション兼劇団)の舞台道具や衣裳を自宅から劇場に運ぶため車はドミンゴなどのバンに変わり、私は三人の息子連れであちこち動くため、専用の中古軽自動車レックス(朱色)を持った。世田谷区は広く、家は最寄り駅から徒歩20~30分もかかるので車は必須。冷房装置なし、ラジオはAMのみ、マニュアル仕立てのこの車(車はマニュアルがいい!)、あちこちぶつけ、どこに行くにもとことん使って、精神的にストレスぎみになると用も無いのにひと回りしてきたり、ちょうど今いる愛犬のように愛着のある車だった。コンサートをする時には衣裳やキーボードを放り込み、多忙なバイオリニストの義母のお遣いにも大活躍した。15年くらいも乗ったこのオンボロレックスを、馴染みのガソリンスタンドのお兄さんは「これ、いいですよぉ!エンジンは頑丈だし。こうなったらとことん乗りましょう」と景気良く言ってたっけ。
あー、そして、あのスバル360!私が中学生の頃は16才から車の免許が取れ、知り合いの高校生のお兄さんが運転していたっけ。可愛くって、フォルクスワーゲンのミニチュアみたいで、好き。

車を持たない生活になって4年くらいになる。元旦と共に移った新居は駅に近くなった。東京では駅に近いと、自転車すらいらないくらい便利だ。不便は全く無いが・・・時折、無性に車を運転したくなる。あの爽快感は、無条件に好きだ。そしてそれは、ちょっと、ピアノの演奏にも似ている。
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by imamusic | 2009-01-06 02:41 | 日々徒然 | Trackback | Comments(7)

コタツ&蜜柑&蕎麦&NHK &初詣   

2009年が始まった。と同時に、住所が元旦から変わった。たった200m、されど200mの移動。残りの荷物運搬と出る家の掃除など結局大晦日に持ち越し、だんご三兄弟の息子達のスペクタクルコンビネーションとご近所の皆さんの協力で、結構大変だった総入れ替え作業も業者介入なしで出来た!
大晦日の夜、やっと全て運び終わり、何十年ぶりかの「こたつでミカンとお茶と紅白歌合戦、年越しそば、深夜の初詣」を引越し打ち上げ的流れで家族でやった。そういうことの出来る空間のあるこの新居は、なかなか素敵だ。
当日、元パートナーの一周忌だった。昼、一人で墓参りした。1年が経ち、喪があけた。身近な人の死は、遺された者の心を純粋にする。もの言わぬ死人に対し、妙に純粋化し美化した私の、推測につぐ推測で、大切な発見の連続の1年だった。
「ラストスパート音楽人生元年」の2005年から、早4年が経った。熟年、とはよく言ったものだ。確実に、私の花は開き始めた手応えを持って、年越しした。

新年早々、アルバイトの某有名ホテル皿洗いをしています。一生懸命、ということがはっきり見えるこの仕事は好きだ。年末年始は信じられないような忙しさで、洗い場はパンク状態。すでにベテラン勢の仲間入りになってしまったフリーの私は重宝がられ、一ヶ月ぶりに出勤。この不景気にここでは常に人手不足だ。
皿洗いと食器管理もするこの仕事は、頭もセンスも体力も思いやりも必要。軽い知的障害者の若者も何人か一緒にやっているが、彼らは真面目で優しく、得意な作業がいくつかあり、大抵力持ちだ。彼らのような人と力を合わせて仕事をするのは初めてで、シンプルな人間の純粋さや可能性や愛を感じる。
元旦~4日は連日12時間、皿洗いをしている。帰宅は0時を過ぎるが、待ちかねた愛犬の出迎えと、新居の綺麗なお風呂で癒され、熟睡して翌日には元気一杯だ。
12月の大分のコンサートと人々との交流の思い出が、度々頭をよぎる。もしかしたら、私の今後の活動のひとつは、介護ボランティア音楽活動ではなかろうか?と思ったりする。
また、Dan Gibsonに近いかも、と評された「五色沼の幻想」のような音楽製作もライフワークにしたい。
歌は、私にとって音楽よりもドラマに近い。それを確信したのも大分だった。
さて、明日もまた!感謝を込めて熱い1日を送る。
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by imamusic | 2009-01-03 03:19 | Comments(7)