カテゴリ:日々徒然( 213 )   

駒沢公園に春が来た。私もやっとジム通いエンジンかかって今日から再始動!   

ズルズルと怠惰に過ごした冬。寒いし気合入らず動くのが嫌で…身体がなまってしまって、もういいや〜、と食事療法も無視し、5kgオーバー。明日こそ!と毎日思い数ヶ月、やっと、その明日が今日になった。
やっぱり、この、あたたかくワクワクするような春風、これがないと始動しないんだなぁ〜、私も(言い訳)。
久しぶりに駒沢オリンピック公園の中のトレーニングルームまでチャリで行きました。ちょうどエアロビクス中級をやっていたので参加。気持ちいい!参加しながら、そうだ!リズムが取れないボーカルレッスン生の為に、この音楽流しながら身体を動かすのを利用してカウント感を養う事が出来るだろう!と発見。
まあそれは良いとして、帰り道、公園内のサイクリングコースを戻りながら、桜の季節は花見で大混雑の少し先のエリア、公園西口を入って突き当たりを左に行ってすぐの場所に、例年のごとく、もう梅の花が咲き誇っていた。
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ここの一角だけ、花が咲いている。他はまだ、2月下旬の風景で、西口から入る並木も寒い風景。
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その西口から出て、またまた新しいカフェもできていたけど、この辺りに来たら必ずここを選んでしまう「フレッシュネスバーガー」の公園が見える席で、珈琲タイム。
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あ、ここ「駒沢公園通り店」限定で、おかわり100円だって。もう一杯頂こう。



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by imamusic | 2016-02-27 12:47 | 日々徒然 | Trackback | Comments(0)

別大マラソンのテレビ中継で映った「弁天大橋」の思い出。   

今日は昼過ぎ、テレビをつけたら別府大分マラソンの中継放映中だった。
父は若い頃から出勤前の4〜5kmジョギングが日課で、転勤族の新任地の地理把握も、このジョギングで早かった。
毎年1月2日は10kmと決めていて、私が高校2年次に転勤した大分勤務では、碩田中に入った弟を伴って大分の官舎から別府まで別府湾沿いの道路を走り、私はカメラマン役で道路沿いを走る高崎線で先に行って待ち構え撮影したっけ。
今日のマラソンコースは同じ道で懐かしかった。父は約10kmの別府に着くと大分まで国鉄で帰り、風呂に入って一杯。今年も走ったな、というのが正月のリフレッシュだった。

テレビ中継を見ていたら去年通った新しい都市計画終了後の綺麗な駅前を過ぎ、「弁天大橋」とアナウンスが!あれ、ここを通るの?ゴールはどこなんだろう?
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「弁天大橋」は私達が住んでいた豊町の官舎のすぐ近くだった。ヘリコプターからの画面はどの方角からかな?あー沿道の人垣が左側だから左側が海だな。左側手前の土手をずっと左へ行くと土手のすぐ横に住んでいた官舎の一軒家があったはずだ。

あの頃、12月、同級生N君から貰い受けた茶色い雑種でオスの日本犬「ゴン」が、突然居なくなった。家の横の土手を越えると海に近い広い川辺に出る。満ち潮引き潮の差が大きく、残った水溜りに魚が飛び跳ね、台風の後は川上から豚も流れてきた、犬には格好の遊び場で、放し飼いにしていたのだ。ご近所もみんなそんな風で、よその飼い犬が垣根の隙間をくぐって庭に遊びに来てたりした。一応リードをつけて時々散歩したが車をとても怖がっていたので心配していた。父も毎朝ジョギングしながら探し、年も明けて1カ月経った頃、この車の通りが激しい弁天大橋を渡ってすぐの公園で「ゴン」と呼んでみたら、突然、茂みから気が狂ったように転がり出て来たらしい。後ろから可愛いメスの犬がチョコンと顔を出したそうな(*^_^*)メスを追ってあんなに怖がっていた車道を渡り戻れなくなったみたいf^_^;

そうそうこの写真、これが家の横の土手。後ろに見えるのが弁天大橋。女の子は高2時代の私、犬はゴン…1969年かな。
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あ、その川辺で遊ぶゴンの写真も出てきた!土手の向こう側に家があった。
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転校先の高校に演劇部が無かったので、職員室に談判しに行き、演劇同好会を作った。彼らが我が家に遊びに来た時かな?土手を同好会の一年後輩の仲間達が歩いている。
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ゴンと庭先でツーショット。土手散歩の雰囲気と違うが、これも私だ。
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高校の制服姿の写真も同じアルバムにあった。これは父が趣味で習っていた能楽の仕舞い発表会があるというので父に連れられて会場に行く途中、多分、大分駅ホームだろう。
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そんなエピソードの思い出がある、弁天大橋が、今日の大分マラソンのテレビ中継で映っていた。
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マラソンと言えば次男が今、市民マラソンに夢中だ。
時の流れを感じたな〜。

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by imamusic | 2016-02-08 00:06 | 日々徒然 | Trackback | Comments(0)

同期生の有名声優が久しぶりに舞台に立つと言うので観に行った「TOC TOC」@シアターΧの観劇打ち上げミニ同窓会(*^_^*)   

土師孝也君…この名前を聞いたら「あ、スネイプ先生だ!」とすぐに認識する人はハリポタ通。世界的大ヒット映画「ハリーポッター」の吹き替え日本語版でスネイプ役をやっているのは同期生の土師君だと知ったのは、つい最近の事。劇団青年座に長く所属していた桐朋学園短大の演劇科の同期生だ。

彼の舞台の演技は在学中でさえまともに見た記憶がなく、飲み会や歩きながらのお喋りとかの楽しい同級生(演劇科は1クラスしかなくしかも男女合わせて50人の少人数、その少人数から落ちこぼれが出て最後には数人が居ない、朝から15:00ごろまで、午前中は日舞やバレエや狂言や器械体操、発声訓練、演技基礎、など90分が2コマ、午後は演技論や歴史、語学、音声生理学のような座学(睡眠時間でもあるf^_^;)、それら授業以外に、17〜21時は試演会公演の稽古がありその後飲んだり恋したり演技授業の宿題をチームでやったりで、寝る以外は殆ど一緒に人間についての学習をグループに分かれて日々やっているという、演劇科ならではのファミリー的絆)という間柄。卒業以来の記憶はただ一度…青年座公演「東海道四谷怪談」の音楽作曲を私の旦那様が担当したので、そのアシスタントとしてゲネプロに駆けつけ、ロック調の歌を舞台っぱなでずらりと勢ぞろいしたので役者の中に土師君が一際大きな声で歌っていた姿を見た時。たぶん40年位昔、渋谷PARCO劇場…だった気がする。

独特の個性、顔、声…どちらかというと押しが強くて境界線を割ってこっちにアプローチしてくるような…。しかしそれに反するような粋でキメの細かい心情の、しかも文筆家としてのセンスも達者な文章をfacebookの投稿で時々目にして「おー!」と目から鱗だった。facebookでの交流でライブにも来てくれ、なんと歌をやると言ってボイトレにも来てくれた。
その土師君の10年ぶりの舞台、「TOC TOC」を1/28に観に行った。両国のシアターΧ。

昔の新劇信奉者の私は、最近何を観ても舞台演劇の面白さを体験するという期待を最初から諦めているところがある。違う観点から、例えばダンスや音楽とのコラボとか、新しい解釈の演出とか、軽い気持ちで見る芝居とか…自分の気持ちの切り替えをしてなら、新しい感動体験もあるが。
しかし「TOC TOC」は台本が面白かった。奇をてらった魔物も何も出てこないけど、精神科の医者の到来を待つ外来患者達外来待合室で延々と待つ間に起こる人間模様は、最初はその異常さに傍観者としての笑いと違和感を探る観客をいつの間にか誰しもが少しは「普通」とは違う癖を持っているものだ、と心の参加を促していく。嘘のない論理展開を、軽く上手くパズルのように積み上げた不思議な台本でありながら、生身の役者が演じる事で、温かで少し滑稽な、そう観客側の私達も同じような、人間の在り方への愛(と呼べるもの)に帰結していく。
見終わって、心が軽くなり、演技も含めて「あー面白かった」という気分や、こんな風にも考えていいんだ、というような爽やかな気持ちになって劇場を後にした。
(しかし劇場まで来る間に久しぶりの両国駅から迷子になり、慌ててタクシーで来て、そのタクシーの中に、たぶん、メガネを忘れ、肝心の芝居を初めてメガネ無しで観、3分前に劇場に着いたので領収書はこの時だけ貰わずだったので、結局は数日後メガネを25,000円で買うはめになった…ウーー!(-。-;))))

ま、それはともかく、殆ど初めて見る土師君の演技・役者としての風格は、あー歳をとると役者は醸成されるんだなぁ〜、という気持ちでした。声優としてのキャリアと元々のエネルギー溢れる発声、歳のせいかドシっとした体格になった土師君は、舞台の上に「立って」いました。この「立つ」という言葉は舞台人独特の表現だけれど。この役、土師君以外の役者がやったらもっと味は薄いんだろうなぁ〜。役柄的にも又役者のキャリアや年齢的にも、台詞の多さにもf^_^;、どうも土師君が座長級の主役のようで、最後も土師君が挨拶したし…あ、いや、この役柄は土師君だからこそ主役に見えたのかもしれない、あの肺活量と押し出しのエネルギーが無ければ案外静かな役だものねぇ。彼のこの芝居への並々ならぬ気合いを感じ、舞台演劇という純粋で滅私奉公的な活動への還暦を数年過ぎた同期の挑戦に、なんだか私、しっかりしろよ!と励まされた気もしました。
それは楽日に観に来た同期生達も同じだったようで、1/31楽日観劇後の打ち上げミニ同期飲み会に呼ばれ、下北沢のコーラス指導後駆けつけました。
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大阪から観に来たM君や、久しぶりの親友Tちゃんのご主人で一期上のGさん、他、19才の時から知っている演劇科卒という独特の感性の仲間と、他の友達とは到底喋りあえないような肌あいのお喋りでした。
演劇はやっぱり音楽よりも人間に迫る、というか、人間そのものだな。だからこそ、18の時に音楽に進まず演劇の道に進んだのだった。イバラの道を歩む仲間達の共感は、この歳になって醸成されているなーと、つくづく思う。早くも亡くなった同窓生もいる。

「会う」という事が貴重に思えた。

土師君、大変だったろうなぁ。素晴らしかったよ。ありがとう!

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by imamusic | 2016-02-02 10:38 | 日々徒然 | Trackback | Comments(0)

雪の…誘惑。むしろ、君のその白く優しいふわふわに、転びたい…。   

雪の危険も知らず、泣きたくなるほど雪が切なく愛しく思えるのは、都会人の甘さだろうか?
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夜が明けると外はシンシンと雪が降り、世界は一面銀世界。通りの向かい側の北大を眺めながら、東京ではお目にかかれない雪の風情に心を奪われつつホテルロビーで簡単な朝食をとった。

昨日と今日は札幌を散策する予定だったが、仕事が終わらず、いわゆる「ホテルに缶詰」状態だった。昨日着いてすぐ夕方に北大学食に行った後は、コンビニで買ったオニギリや野菜ジュースを仕事の合間にお腹が空いたらパクつく。気が楽でいいけどね。
2日間が暇だ、という事がアダになり、結局この時間をアテにしてサボり、23日ライブ予定曲のうちある一曲の楽譜作成をやり残した。流石に昨夜は頭のスイッチ入り、持参したノートパソコンでYouTubeを聴きながら耳コピでメロディとコードをfinaleソフトで書いた。書き出すと速いんだけど、その気になるのがねー。昔からそこが難しい。エネルギーのスイッチというか。しかし「貴方の暗い情熱」は知らない曲だけど、素敵な曲だ。西田佐知子さんの歌とバックのオケが素晴らしいな。書き上げてホッとした。寝不足だなぁ〜。
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朝、この楽譜作成にもギャラが出るらしいとわかって喜んだが他の曲も。それらの楽譜を数日後に他のピアニストが使うのだと!半分は、私しか読めない汚い手書きの下書きだ。やるやると年末から言っておいて手付かずだった私が悪いんだけど急にパソコン仕事が増え昼間も「缶詰」でやってた。殆ど我が家と同じ状況だが、夕方は道を隔てた北大構内にまた入り、クラーク会館での山スキー部OBの皆さんの会議にお邪魔虫で見学。記念誌作成は資料が膨大で大変そうだったし部外者が居るのは違和感があるが、この会から多くを学んだ。私の大好きな山男達もお歳だ。会える時には会っておきたい。
その後、松本耕司さんから紹介されていた酒本さんのバンドのライブを観にタクシーで「くう」へ。
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アラフォー男達のモダンジャズ。世代の違いがくっきり出てるのが面白かった。彼らの世代はTスクエアらしい。また更にもっと若い人達ともまた違う。リズム隊は疲れを知らぬエネルギッシュでアグレッシブで、ちょっとイイね!(*^_^*) 編曲の楽しさもあってよかった。
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帰り道、テクテク歩いた。こんな銀世界、北海道では「当たり前」の景色なんでしょうね〜〜。私には汚れた雑念を覆い尽くす神の世界のように感じる。転ばないように気をつけてたけど、むしろ転んでこの雪の中埋もれたい!雪は私を深い懐に招き入れるように、大きく優しく冷たくてあたたかい。

朝の降雪が嘘のように、深夜の帰り道の頭上では、大きな月が白く高く輝いていた。
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by imamusic | 2016-01-22 00:10 | 日々徒然 | Trackback | Comments(0)

札幌に着いて先ず行ったのが北海道大学の学食   

さて、無事札幌に着き、駅前の方向感覚の風景認識や頭の中にある北海道大学の方向の羅針盤が、急に目の前に浮かび上がってきた。そのマップに従って足を進める自分を発見。どうしてだろ?街が私を迎えてる気が…する。2009年だったか?初めて来た札幌…それから毎年…色々あった。北大の方向に歩きながら、なんだか涙が出てくる。ここも、また、私の幾つか目かの「心のふるさと」になっているんだな。例年は苫小牧経由で、ライブをして機材を積み込んだ友人の車で、深夜、直接札幌近郊手稲山に移動してしまうから、この札幌駅で降りて歩いて北大へ行くというのは久しぶりだ。自分の足で頭で1人で歩くと、なんだか雑念が入らず、涙もろくなる。街への愛しい気持ちにもなり…。
ホテルは北大の真ん前。荷物を置いて、とにかく北大の中を歩きたくて、特別美味しいわけではないけど馴染みなのでつい足が向いてしまう学食に向かって、キャンパスに入った。
うわっ!雪だらけの北大構内地面は初めて。ここでさっき買った「スベラン」をはめればいい訳だけど…どうしたことか、ホテルに着いたら…無いじゃない!探しに探したが…無いんだ。全くもう。
学生達は滑らないように気をつけて歩く歩き方が身についているようだ。しかし油断は禁物。目の前を歩いているイヤホンをかけたお兄さんがツルッとした。危なかった。もちろん走る人など全くいない。だから、ここからあそこまでなら何分くらい、という目安が効かない。すぐそこなのに、2倍どころか4倍くらいかかる。でないと、転ぶからね〜。転ぶと骨折や打撲で困難が待ち受ける。

正門を入ったところ。
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以前屋外や屋内でライブをさせてもらった総合博物館は今耐震工事中で入れない。
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博物館の先に、学食がある。なんだかホッとする。
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ここまでが15:45〜16:00過ぎ頃。
食べ終わって帰り道、16:30過ぎ頃。急に暗くなったキャンパスの陰影が美しい。
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月が…。
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クラーク博士像
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クラーク会館の方向
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広く美しいキャンパスは市民に開放されているのでいつでもチェック無しに入れる。こんな大学はあまりないんだ、と博物館の人が言っていた。
ここで過ごした人達の人生と、私のような都会中心に暮らしてきた人生…見えるものがたぶん違う。その豊かさは、何人分もの人生に匹敵するのではないか?友人達の顔が浮かぶ。すごいな。今頃気がついたよ。きっと、私の、何倍も何倍も。

つづく















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by imamusic | 2016-01-20 18:44 | 日々徒然 | Trackback | Comments(0)

雪の札幌へ!まずはJR新千歳空港駅で「スベラン」?!を買う^ ^   

1/20〜25、札幌に旅です。キチンとした用事は1/23夜のライブ仕事のみ。あとは気ままに。
その間、気まぐれ旅行記を、ブログにちょっと書こうかいな、と。

で、今日は1/20初日。
昨日、札幌の知人から「ただいま暴風雪、予定通りにいかないことを覚悟して」と、早くも知らない環境の情報メールが来ましたが、新千歳空港はからりと晴れてました(*^_^*)
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ジェットスターの飛行機の中は、若い西欧の青年達が10人くらいいて、アルペン映画に出てきそうな明るく爽やかでハンサムな様子に、見ているだけでワクワクf^_^;
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空港から札幌へのJR快速エアポートのキオスクに、ビックリポンな物が!
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そうそう、これを買えと言われてた。種類が多くて迷ったけど軽いのを買いました。

通路は北海道新幹線の大きなポスターが貼ってあって、新しい時代のワクワク感を感じる。

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友人が住んでる新広島駅。北海道は本土からの開拓団が出身地の土地の名前を付けたのも多いと聞いた。もちろん、ここは広島の人達が作った街。
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札幌駅に着いた。居眠りせずに降りれてよかった!(さっき日暮里駅で危うく居眠り乗り過ごし仕掛けたのだった…。)

電車は無事、私をホームに残して、小樽へ行ったよ。
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快速エアポート、という名前の電車にしちゃあ、なんかローカルだね。出発ベルの音もリリリリとなんか懐かしい。

つづく…………。











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by imamusic | 2016-01-20 13:56 | 日々徒然 | Trackback | Comments(0)

I歯科医院の待合室にあった本「犬から聞いた素敵な話」   

11月も最終日の今日。特に異常は無いが、数ヶ月ぶり、定期チェックにかかりつけの歯医者さんに午前中行ってきた。今日はその待合室の本棚にあった本の話。
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最寄駅の経堂に近く、祖父の代から地元で歯医者を開業している友人I君が家業を継いで三代目としてやっているが、私がこの辺りに引っ越してきた10年ほど前からお世話になっている。自転車で10〜15分くらい。サンダル履きで行ける気楽さがいい。

通った学校(小中高)は違うが同学年で、都立高校の群制度の私達は新宿区(私)と世田谷区が第2学区で共通していて同じ学校群、私の同級生の小学校時代の友人がI君だったりというような妙な繋がりが幾重にもあるのだが、18才の時、彼の歯科大入試合否掲示板を彼の親友である私の親友に誘われて一緒に見に行ったのも同じ様な繋がりだった。

神田にあったその大学の近くの神保町のすずらん通りに、私の産まれる前から親戚付き合いをしていた歯医者一家Aさんがいて、友人が歯医者の大学入試に受かった事がなんだか嬉しく、彼とは関係も無いのに「そうだ!歯医者のおばちゃま(夫婦とも歯医者)に報告しよう!」と、今となっては"若気の至り"と思える行動だが、合格掲示板を見たその足で、そのA歯科医院に連れて行った。おばちゃまは嬉しそうに喜んで出迎えてくれ「ちょうど昼休みだからお祝いに一緒に鰻屋に行こう」と裏道に連れて行ってくれ、親友とI君と私とおばちゃまの四人で昼飯を食べた。1971年初春の事だ。

10年前、この辺りに引っ越してきた私に、親友から「そうだ、経堂にはIが歯医者やっているぞ、あそこに行ったらいい」と言われた途端、全く忘れていたそれらの古い記憶がよみがえり、びっくりした。それは、親友もI君も同じだったようだ。

I君は当初、シニアラグビーが趣味、と言っていたが、ある日突然、歯科大の先輩の還暦祝いに作ったバンドに誘われてエレキベースを始め、私が9月に地元の用賀アートホールでやっている「ハートフルコンサート」に出演参加するようになった。

その内その先輩の還暦祝いは終わり、バンド解散かとみえたが、今日聞いたところによると、なんと!名門ライブハウス「青山マンダラ」で最近、身内を集めてライブをした、と!
さすが、歯医者バンド!

お互い愛犬家で、犬の話でも盛り上がっていたが、今日待合室の本棚に新しい本「犬から聞いた素敵な話」が並んでいた。タイトルに惹かれて読み感動した。
亡くなった犬からのご主人さまへの思いや、飼い主から愛犬への思いなど、私にも思い当たる事がたくさん書いてあった。
ん?しかし…こんな本が新しく置いてあるなんて…I君の愛犬に何かあったかな?

診療の最後に「犬は、元気?」と聞いたら「去年9月に14才で死んだよ」と。「うちのは4月に、眠るように逝ったよ」と言ったら「うちのもそうだ、腕の中で眠るように。最後はカミさんに渡したんだ」と。(うちのは到底腕の中で看取る大きさじゃなかったなぁ〜、とは話題の主人公が彼の犬になっていたので言わなかったが。)
「死ぬのを見たらもう新しくは飼えないよ」とI先生曰く。その舌の根も乾かぬ内に「農大通りに最近ペットショップが出来たよね」なんて言っている。

犬が居る生活と、居ない生活とでは、潤いが全く違う。優しいI君は、きっと近い内に「昨日の犬の散歩でね」という話をするような気がする。






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by imamusic | 2015-11-30 21:45 | 日々徒然 | Trackback | Comments(1)

我が家の寒椿が「おかえり」と満開の花の微笑みで迎えてくれています。   

11月も中旬。そろそろ寒い日が続くはず…という子供の頃の記憶が、最近は裏切られる事が多い。
今日は、朝起きて、寒いはずだから、と着込んだ衣類でお昼頃、郵便局に行きました。歩くうちにコートが邪魔になり、日差しはメラメラと顔に照って帽子を忘れた事を悔い、むしろ「暑いなー」という感じで汗ばみました。

昨夜、北海道に渡って年の半分を知床で、残りの半数を札幌近郊を拠点に日本中を旅するようなセカンドライフを始めた同級生M君が、久しぶりに東京を通過するので、在京中一緒に楽しんだコーラス仲間と歓迎飲み会をしました。
その中での話。
「最近は北海道も美味しい米が取れるんですよ」「あー、ゆめぴかりでしょ(…いや<ぴかり>じゃなくて<ぴりか>なんすけど(ー ー;)と誰かがFBで言ってるが…)」「しかし米が北海道で取れるなんて。米栽培の北限が上に上がっていくのは問題でもありますね〜。地球温暖化の影響でしょうね〜。」「その通りですね。そのうち日本の中心は北海道になりますよ。何しろ北海道は自給率200%ですから。」「確かに」「しかし米が取れるようになって市場に出回り、従来の北海道の名産トウモロコシやジャガイモなどの栽培農家が圧迫されてきているのも問題です」「なるほど」…。

風邪気味でボンヤリとした頭でそれらを聴いていた私は、隣に座った知床生活者の同級生の、東京生活時とは全く変わって力強い骨格と丹田に重心がしっかりとあり頭の先から腰までのたてがみ辺りが不動の意思の強くしなやかなラインになり、動物としてなんだか立派になった体躯の変化への驚きと感動が、頭と心の中の多くを占めていました。聞けば知床では、夜の8時に寝て、朝の3時に起きるとのこと。白夜の土地に近く朝3時でもう夜明けだそうです。おまけにその知床財団の仕事が、知床の自然公園の中での熊に会った時の注意とか道案内とかだそうで、私もセントバーナードを飼っていた時は散歩をする時の責任を身体で感じ武士のように重心を真ん中にしてガニ股で歩きいつ何が起こっても自分の力で巨大犬を管理下に置く意識が働いていたあの時の感覚をもっと本物にしたような感じで、眩しい思いでM君の横顔を眺めていました。

東京で暮らす、という事と、自然の一部である人間の自分…人生のゴールが見えてきた年齢になり、その辺りのアンテナが立ち上がっています。

歓迎会から深夜帰ると、路地を曲がって我が家の門が見え、隣のマンションの照明に映えた我が家の寒椿が赤いのも白いのも満開で、この地面の下に眠っている歴史そのものの象徴に見える花々や樹が、時間の旅人である私を「おかえり」と無言で出迎えてくれ、限りなく頼もしい包容力で佇んでいるのが目に入ります。最近知ったのですが、我が家は丘の上にありこの丘は縄文時代に250戸以上の住居があったという、人々が住む場所として長くつづいているようです。
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そして今日の昼、郵便局から帰宅した時も。
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去年老衰で亡くなった愛犬セントバーナード「ガルバンゾ」に似ているのでつい買ってしまった犬の花置きに寒椿を入れました。背負ってる犬君、多すぎて迷惑顔?笑。
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by imamusic | 2015-11-17 11:51 | 日々徒然 | Trackback | Comments(2)

自分の居場所!今年の誕生日を終えて。   

昨夜のNHKTV番組プロフェッショナル「仕事の流儀」は、世界で一番清潔な空港、羽田空港の清掃員の事だった。満州の残留孤児を父に持つ彼女は、日本人でも中国人でもないというアイデンティティー喪失に苦しんだ自身を、たまたま見つけた清掃の仕事の価値を追求していくうちに、20年を羽田空港で仕事し、そこで清掃こそ自分の居場所、という結論に達していく。

産まれてから、旅は始まる。やがて自分の姿を移す水面に気付き、自分はいったい何者なのか、自問する。そのうち女子は嫁いだり母親になったりすると、自社から出向したような気分で、新しい水が居場所となり、またしばらくして落ち着いてくると、過去に置き忘れてきた、その、自分の本当の姿、居場所はどこ?という疑問を思い出す。

誕生日は毎年その気持ちが更新され、私は10年ほど前から、その疑問の答え探しが始まった。誕生日のある5月になる少し前から、まだ見つからぬ答えへの検証に対しての集中力が高まり緊張する。

そして今年も、誕生日の月が終わった。

今年は何も記念コンサートをせず、平常と同じように生活したが、何も言わないのに行く先々で祝ってくれた。
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一番身近なShoofiesはレッスンの時間に大きな花を持ってきてくれた。

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誕生日当日の夜は、新宿の居酒屋「ひだり馬」で月例セッションLIVEのピアノ伴奏の仕事。そこにはなんと!雪村いづみさんがお祝いに来てくれた!バンドのみんなもサプライズでハッピーバースデイと唱和してくれた。ありがと〜!

誕生日の5月は、一カ月間なんとなく「私は誰?(`_´)ゞ」と考え続けていたが、答えは見つからずにいた。
そんな探索活動もそろそろ店じまいか?とも思っていた。
ふと5/15の新橋ベッラ・マティーナでの自主企画「さくらジャズコンサート」のラストナンバー選曲中に井上陽水の「夢の中へ」を思いつき、これかぁ!と思った。

「夢の中へ」
探しものは何ですか
見つけにくいものですか
カバンの中も机の中も
探したけれど見つからないのに
まだまだ探す気ですか
それより僕と踊りませんか
夢の中へ 夢の中へ
行ってみたいと思いませんか
ウフフ さあ

休むことも許されず
笑うことは止められて
はいつくばって はいつくばって
いったい何を探しているのか
探すのをやめた時
見つかることもよくある話で
踊りましょう夢の中へ
行ってみたいと思いませんか
ウフフ さあ


亡くなった義母はバイオリニストだった
彼女は私にこっそり言った
「アキちゃんは、クラシックはイミテーションだ、と言うのよ?」
アキちゃんとは彼女の一人息子で演出家、つまり私の元旦那様(故人)だ

誰かが作った曲のカバーを歌う、演奏する
みんなが知っているあの曲を

その行為は表現と言えるのだろうか?

あーちょっと誤解!
いやいや、演者としては表現だ。。作品を解釈して自分の思いを発表する、という。でも、そうでない人も多い…。

5月末日つまり一昨日が提出期限の作曲の仕事があった。作曲は仕上がるまで便秘状態、さもなくば定期試験前。
最後の数日やっと気持ちのスイッチが入り、コンディション整え集中して無事終わり、シンセサイザーを久しぶりに使った頭のスイッチがそのままで遊んで「イパネマの娘」をとても面白いアレンジで仕上げた。ヒップホップのようなリズムにピョンピョンする音源のシンセドラムやバキューンという拳銃音、シンバルをジャワジャワやるような部分には海の波音を使って、ベースはモワッとするような味のある大好きなシンセベース。面白かった!
これは編曲部分はオリジナルだからイミテーションなんかじゃないぞ、これこそ芸術ダァ〜!聞いてみてよ!と言いたいが、JASRACの著作権検索ページで調べたら著作権がしっかり付いていて、簡単には発表出来ない。
オリジナルや古い曲は著作権消滅で気楽なのだが…。

そんなこんなで、そのうち考えるのが面倒になってしまった。

そして、羽田空港の清掃員の「清掃こそ私の居場所」と言った時の目の輝きと仕事の素晴らしさを思い出した。

そうさ。楽譜を書いたり教えたり、プロデュースしたりして、まさか私がステージに立つなんて!と思ってるような人達に、音楽産業に毒されて本質が見えなくなっている目を開かせ、自分の生きていること、呼吸自体が音楽なんだと気付かせ、音楽は素晴らしく自分自身はこんなに素敵な生き物なんだと自覚する手助けをするのが、私の居場所、なんじゃないかな?

人は、どうやら、自分の為じゃなく、人の為に動く方が、美しいみたい。

そんな事が分かった、63歳の誕生日を終えた5月だった。

愛犬ガルバンソの死から一周忌も過ぎ、ようやくペットロスから抜け出し、心の中の犬や動物に向いていた気持ちの部分が人間達に向くようになってきた。

これからだな。


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5/4パルテノン多摩センター(松本英彦記念 ジャズコンサート)

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5/6赤坂ノベンバーイレブンス「雪村いづみファン感謝春の集いコンサート」

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5/9新宿ジャズ祭(いまむら直子ワンワンズ)

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5/15新橋ベッラ・マティーナ「さくらジャズコンサート」

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5/16立川いったい音楽祭り「いまむら直子と仲間たち」

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5/22市川文化会館「チャリティーコンサート」

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5/22三軒茶屋whisper「ジャズ&パペットLIVE」





















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by imamusic | 2015-06-02 03:53 | 日々徒然 | Trackback | Comments(0)

昭和的?プレゼント方法の話…ひだり馬のランチタイムで   

おととい日曜、63回目の誕生日だったが、第三日曜日だった為、夜は月例セッション大会をやっている新宿三丁目の居酒屋「ひだり馬」にピアノ伴奏に行った。

どうも私に内緒でゆる〜い集客活動が行なわれていた感があり、店内はギッシリだった。具合が悪くて夜のひだり馬ライブは欠席続きだったトロンボーンの加治さん、とある事件以後勘当されてる感ありで頭の上がらない六本木の帝王もといジャズピアニストの大先輩有福さん、NY旅行中だとばかり思っていたジャズ評論家兼アマsax奏者大西さん、極め付けは前週赤坂NovemberElevensでのファン感謝春の集いでピアノ伴奏をさせていただいた大スターの雪村いづみさん。ふと見ると、滅多に来ないバンジョーの田頭さんもいる。ひだり馬で7人編成が全員揃っているのはジャズ祭以外では最近は珍しい。リーダー小出さんの上手い根回しに頭が下がる。

有福さんは第一セットが終わって私の弾き語りやバンド演奏や観客参加のセッションがひと通り終わった頃、見計らったように(つまりはみんなで私にハッピーバースデーを歌う伴奏をする時間に合わせて?)サプライズで登場した。もうてっきり、自分の誕生日にみんなが歌うハッピーバースデートゥユーを私自身が伴奏するはめになるんだな、とばかり思ってた(`_´)ゞ

まあそんなこんなで、有福さん伴奏でみんなに祝われ、お花をいっぱい渡され、ちやほやされてもみくちゃになった5分間。その他はいつもの通りの楽しいセッションだった。…が、演奏し出すと暑いのでいつもの通り上着を脱ぎ捨てたまま、帰宅してしまった…。

翌日、置いておくのも邪魔だろうと思い、昼食を食べに再び「ひだり馬」に行き上着を持ち帰った。子持ちガレイの煮付け定食(写真は違う魚だが他は同じ)、お魚を二倍にもってくれ、ビール飲みましょうと女将さんと生ビールを飲み、あれこれサービスしてくれて、しかも誕生日祝いだと言って代金を受け取らない。サラダも味噌汁もご飯も…体に良さそうな料理で、とっても美味しかった。
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ちょうど「ワンコインランチ東京」という本の対象店になっていて、その本を持っていくと500円で650以上の昼食を食べられるとの事で、名物のローストビーフ定食を何年ぶりかに食べに来た男性がいた。
http://onecoinlunch.jp/about/

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そのお客様と女将が同年代で、終戦前の空襲の話や東京近郊の田舎のお屋敷の風景など、私には小説の中の一場面ような話をリアリティー溢れる実話で聞いた。たった70年前の日本の原風景の生活、戦時中は一カ月大人1人のお米の配給が1号余りだったことや、今や美味しい野菜の部類のかぼちゃやさつまいもが主食で大量生産必要の為かひどくパサパサなまずくてトラウマで今もそれらを食べれない人が多いとか、その他色々な話を2時間くらい…体験話は表情や感情や存在感が伴い文章と大きく違って胸に迫り、話をしている佇まいの中にも深く何かを感じる。戦後生まれの私にはどんなに努力しても同じものは見えず、ただただ、生き抜いてきたことに畏敬の念と感謝の気持ちが湧き上がる。

そのお客様が、学生時代オートバイを買えずに友達のオートバイを磨くと一カ月に一度くらい、貸してもらえ、伊豆や江ノ島によく行った、という話から昭和の湘南海岸の蒲鉾や魚の名店の話になった。就職してオートバイを買い、美味しいものを食べるとチェックしてお歳暮やお中元のために予約し、オートバイで取りに行って都内のお得意さんにオートバイで届けたと聞き、私の知っている中元歳暮のイメージと裏腹の、昔の贈り物の方法の一端を知った。こんな美味しいものを食べさせたい、という気持ちもさることながらわ何軒かのお得意さんにそれらを持って行って、部屋に通してもらって世間話をするのがとても楽しみだった、という話に、昨日までモヤモヤしていた「感謝の気持ちをどう伝えるか?」ということのヒントをいただいたような気持ちになった。


ひだり馬のランチタイム…これは思わぬ出会い…人生勉強の場に遭遇する機会があるかもしれない。
男性ならきっと夜毎の一杯飲み屋でこんな機会があるんだろうな〜。

戦争体験者の皆さんから得るものはとてつもなく多い。彼らとのお喋りは楽しい。










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by imamusic | 2015-05-19 08:08 | 日々徒然 | Trackback | Comments(0)