憲法記念日に思った   

本日は憲法記念日。時勢から、憲法第25条「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」「国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。」の項目が注目され議論されています。未曾有の経済危機の中、生活保護を申請する人が急増しているそうですが、元パートナー(故人)がその環境の中に居た事や、息子達を通じて見える若者達の生活と心、定年間近い同窓生達の生き様、パートに通う主婦劇団の友人達、そして肝心の私自身など、すぐ身近にあって絵空事でなく切実な想いの項目です。推敲された憲法文章の中に「文化的な」という字が入っているのが、音楽活動を進める上でせめてもの救い。
「最低限度」以下の生活を強いられる人々が増え行政機関だけで「生存権」を維持するには限界があるのでは?とも言われているそうですが、午前中に見たNHKテレビの憲法特集対談で、国民総生産ではなく国民総幸福を目指すことを提案した五木寛之氏は、心の置き場・自分とは何か、法律以外にある(宗教でもない)自然摂理の中での倫理(「お天道様が見ているよ」という昔の日本人が持っていた感覚)が古今東西で最も希薄になっている現在の日本に必要だ、と言っていました。戦後も大変な時期だったが、若者達の瞳はもっと輝いていて、希望が見えた、と。今は他人と手をつなぐ事をためらう時代になってしまった、相互助け合いの精神があれば乗り越えられるのではないか?それには「和」を大切にし促進する動きが必要なのではないか?と。
では私は、今この世で何をすべきか?たくさんの方々を巻き込んで音楽活動していると、そう考えます。目前の事では、いったい5/17の大イベント=このご時勢、5000円もの入場料を頂く自主企画ワンマンコンサートは、何のためになるか・・・?
セカンドライフを演奏家として再スタートして4年、節目のバースデイコンサートは今年で3回目を迎えることが出来ました。その間大好きな音楽活動が人との「縁」を深め元気や希望を促す事に役立つと知りその喜びは大きく、これからの生き方の指針となりました。しかしまだ「これがそうだ!」という私なりのプログラムがはっきりとは出ていません。ただ、チラシを作る段階で広告美術デザイナーK氏に問い詰められ心の奥底を自ら開けてみたら「業」(カルマ)という字が出てきました。物凄い文字ですが、文筆家の母は、それは結局、キリスト教の「隣人を愛せよ」ということに近いのかな?と。あー、そうなのかも。そんな気持ちもあって、ただの「上手な」ではなく、飯塚炭鉱出身で町の映画館に通いつめ若い頃新劇の観劇にもはまっていたという、「業」も理解しそうな筒井政明さんを競演ゲストに迎えました。
さて、資料の本をあれこれ読んでは「歌とはこんなにも『生きる』ということに関わっているのか」「自分はこのために音楽をやっているのだ」という解答に出会う毎日が続いています。「文化的な」という文字を憲法の中に入れる意味が少しだけわかります。生活に支障のない参加費なら行かれるよという人達を引っ張り出して、一緒に心を開いたライブ時間・空間を私は作りたいのです。一方通行のライブではなく、音楽を通じて「和」を生み出す場を作りたい。今回(5/17)は贅沢な場所・メンバーでの自主コンサート企画で少し高めのチケット代となり、いつも来てくださる多くの友人知人や弟子達が来れそうにないことが残念でならず、この無念さは今後の企画に生かします。しかし、南青山MANDALAでワンマンライブをするというのは夢でもありました。同窓生企画の去年12月大分ブリックブロックコンサートへのお礼も含めて、この位のステージで一回はやっておくべきだと思ったのです。想い出は人生そのもの!素敵な「時」の記憶となるよう心を込めて開催いたします。
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by imamusic | 2009-05-03 14:50 | 日々徒然 | Trackback | Comments(1)

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Commented by ヒゲ裏磐梯案内人 at 2009-05-04 05:39 x
おはようございます

 少し長かったが全部読ませて頂きました、GERAさんは知的で作家になれる要素が充分にある。

 山親爺も何かを求めて頑張っております、でも何かは自分でも分からない、変な話。

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