面構え   

数日前、大分から、12月の大分ブリックブロック凱旋コンサートのDVDが送られてきた。
東京の同窓生達が、大分の実行委員会の同窓生達に観に行かれないので録画して欲しい、と頼んでくれたのだ。

改めて、自分の演奏姿を観た・・・いいじゃん、結構、いいとこまできてるよ、あんた。
ライブの臨場感は、映像ではなかなか伝わらないが、PC内の映像再生ソフトの音質を"ノーマル"から"ホール"というのに選択しなおしたら、俄然、雰囲気が出てきた。
あの時はもっと、手に取るように空間の感動や人々の心の波動を、肌と心でずしりと味わったものだ。映像そのものからはそこまでは伝わらないものの、現場に居た人間として、映像をきっかけに、その感動が蘇る。
映像を見ることで、自分自身へのダメだしも多く、それを直してもっと素晴らしい表現にするという目標も持てた。私の表現を熱い思いで受け入れてくれる人達がたくさん居ることも再び実感し、おぼろげな未来の指針がはっきり姿を現してきたように思えた。

ライブ直前の老人ホームで、色紙にサインを書いてくださいと言われ10枚ほど書いたが、名前のサインの他に文字のメッセージを入れたほうがいいと言われ、いくつか提案した中で、それがいいよ、と同級のF医師に言われた文字は「縁」。
改めて、DVDで演奏中の自分の面構えを観た。「縁」を深く感じ始めてから、その深さの密度によるのだろうか?私の面構えが変わってきているように思える。

私は、映画「卒業」「薔薇の刺青」などのアン・バンクロフトや劇団民藝の大先輩・奈良岡朋子さんが好きだった。好きなのは、その面構えだ。演出家の故・元パートナーは、私の若い頃からの総合プロデューサーでもあったが、「お前はまだ顔が出来ていない」「人間、40を過ぎてやっと顔は出来てくる」などと言っていた。多感でじゃじゃ馬で負けず嫌いなお気楽エゴイストの私は「人の心の機微を理解しない奴だ!」と、よく怒られた。死の5年前より極度のアルコール依存症になり、自らのスペクタクルドラマを痛みを持って大暴れで楽しんでいた頃、ふと私の顔を見て「お!・・・少しは面構えが出来てきたな」とニヤリとしたものだった。

元旦より引越しで新居に移り、間取りの関係で、故人の写真とお焼香の場所がダイニングキッチンの棚の中になったので、見る機会が多くなった。台所には彼の愛犬ガルバンソの寝床もある。「やっとおさまるところにおさまったね」とニッコリしたのは、私達の演劇活動の継承となっている声優養成学校に通っている三男。写真を見るたびに、生前は対応に必死で殆ど感じなかった、感謝の念と、自分の未熟さへの懺悔の気持ちが、沸き起こる。

大分滞在初日の老人ホームから昨日手紙が来た。入所者からの伝言だそうだ。
「久しぶりに生の演奏と歌声を聞かせていただき、よい時を過ごさせていただいた。こんな楽しいことがあるなら、お迎えはもう少し待っていただこう。」とのこと。理事長からは「入所の皆様に取りましては、どこか懐かしく又モダンな感じのする曲ばかりであり、いつの間にか直子ワールドの旅人となり音符の一節一節に異なる風景を見、歌声の一小節ごとに想いを巡らせ、今のこの瞬間の幸せを感ずるような旅をなさっていたように思います。」と、名文の感想が寄せられていた。

魂は不滅だとするならば、元パートナーの私への総合プロデュースは私の生き続ける限り不滅だ。その気配を共感してくれているかのような同窓生達が、現世では実質的なプロデュースをしてくれている。私の中では、これは奇跡だ!
生きている間に出来ることは限られている。今後、私のするべきことは、このわずかな時間に、楽しい想い出を共有でき、生きてて良かった、これからも頑張ろう、と思ってくれるような音楽活動をすることだろう。

引越しの後片付けと音楽作業場の設定が出来上がらないので、徐々に新年が始動しています。したがって今年は1/29(木)が「キンのツボ」ライブ始動日。(1月のみ、店の都合で第5木曜日夜です)。
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by imamusic | 2009-01-12 11:37 | 日々徒然 | Trackback | Comments(2)

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Commented by ヒゲ裏磐梯案内人 at 2009-01-13 12:54 x
面構え、これは難しいね
僕はたくさんの方とお会いする機会が多いから実に人間の顔とその中身は面白い。

 でも、お顔を拝見して3分もお話すればと大体80%くらいはその方の見識、教養、人格が分かるような気がする、ところが自分のことはどの程度だか分からない、どうもそこに到達しないで生涯が終わってしまうような気がする、田舎ではこんなもんでよいと自分で妥協して日々をおくっています。
Commented by imamusic at 2009-01-14 12:45
案内人様
コメントありがとうございます。
ゆったりと、時の流れにたたずみ、生死の境を超えた親父殿の立ち姿は、やはり、磐梯山のようです。

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