白・雪・花、舞い散る!   

昨日1/23、朝、玄関を開けると目の前の見慣れた路地は一面の銀世界。
天からふわふわと大きな柔らかい雪が後から後から舞い散っていた。
d0135567_1545612.jpg

● ○ ○ ○ ○

散る・・・この日、約35年間の舞台作りを共にした盟友がこの世から姿を消し白骨となった。
彼について語ることは多く、ここでは書ききれない。
しかし彼から影響を受けた者、想い出のある方は多い。
今現在の私自身の成り立ちにも、大きく影響を与えている。彼を知る人達の中には「天才肌の」と呼ぶ人も多い。

○ ● ○ ○ ○

骨になる直前、餞別の歌として「三文オペラ」の中の「人間のむなしさの歌」をみんなで歌いニックネームを天井桟敷からのように大声でかけごえかけて送り出してやろう・・・と前夜思っていたが、新米俳優の三男に、「それはやめときましょう」と静かに愉された。
恩師の千田是也氏訳の岩波文庫から出ている「三文オペラ」台本を手直しし、千田氏の許可を得て最初に上演したのが1982年冬。
何年か置きに以後4回、芸大の在学生などで楽団を作り私も音楽監督・指揮・演奏・歌唱指導で参加した。
俳優でもある本人は、演出・制作を兼ねてピーチャム役などで出演もした。
千田氏が亡くなった1994年は、追悼公演になった。
この直前に、作曲のクルト・ワイルの遺族が著作権を遺族側に戻しシステムを変えたので、楽譜をドイツより取り寄せ上演期間のみ借りるその借用代のみで50万、チケットから歩合で使用料支払い、となり負担の多い公演だったが、「三文オペラ」などのブレヒト劇は千田是也門下同士として共通の原点であり、私にとっては地域の児童劇指導、その他にも、その影響は濃い。
息子達はその風を体ごと浴びて大人になった。

○ ○ ● ○ ○

劇中のピーチャム(乞食商会の豪腕親父)が皮肉たっぷりに、貧乏人への愛情もこめて逮捕しに来た警官達に歌う「人間のむなしさの歌」という、しかしむしろ楽しくリズミカルな曲の、彼の意訳はこうだ。

「きつねは生きる/ずるさを武器に/おいらも真似するがうまくいかねぇ/だって神様は人間様を/そんな風には作っちゃいねぇ」
「ノラ猫は生きる/魚をかっぱらい/おいらも真似するがうまくいかねぇ/だって神様は人間様を/そんな風には作っちゃいねぇ」
「幸せ目指し人間は走る/だが幸せはいつも品切れ/それを知ってか知らずか知らねえが/人間様は今日も走る」
「ゴール目指し人間は走る/走りゃまたゴールは遠くなる/空の上で神様達が/面白そうに笑ってござる」

詩人でもあるブレヒトのドイツ語での作詞でワイルが作曲。その訳詞で失礼ながらこれはいいと思う訳詞をされた方はあまり居ない。しかし、この意訳(キツネなんて言葉は原詩にはなかったと記憶している)は、メロディーと歌詞のイントネーション、詩の世界観が合っている。
本人も、うまくいった、と気に入って、何かにつけてよく歌っていた。享年59才。若すぎる。

○ ○ ○ ● ○

あえて、同じところに書くが、更に私は未来へ向かって走っている。
向かう未来とは、いずれ、雪となって散る世界への旅なのか?
いずれにせよ、私はまだ、生きている。
今までやってきたことを、生かすことが出来るよう、今後は努力しよう。

明日「南青山マンダラ」という120席の老舗ライブハウスで「薔薇笑亭SKD」の新春ライブがあり、音楽監督・演奏で参加している。内容は現在私が研究テーマにしている「昭和ジャズ」の世界で、ジャズ評論家の瀬川昌久氏も協力している。

○ ○ ○ ○ ●

歌唱指導で毎日稽古場のある南千住に通い、毎回何時間も費やした。
昼過ぎからやって気がつけば終電近いときもあった。
トークやダンスとの兼ね合いで演出家山西基弘氏が、どんどん曲のアレンジ指定を変えていく。

「あー、ここ、ねずみの格好で出てきて、チュウチャウとかアドリブで言いながらね、そうそう、曲が始まる前に、あ、すいません、そんな感じの効果音みたいな音でピアノ、弾いてくれませんか?チュウチュウ、チュチュチュ!チュウウウ!!!♪チュウチュウトレイン~と、そうそんな感じで、曲が始まるように。」
なんて、そういうのをバンド用にも今度は音楽的頭脳で理解できるよう書き、しかも一目瞭然で初見で弾けるように(なんせジャズマンはリハ嫌いだから・・・)楽譜にしないといけないので、それを帰宅してバンド用譜面に編曲し直す。

しかし、歌が怪しくて、気をもんでいたが、成長するものだ。個性的で面白い、と言える段階になってきた。
成長株で若手ホープのグレース美香は、公演後ニューヨークに勉強に行き、帰国未定とのこと。
何度か私のライブにも出演していただいたが、楽しみなひとり、これがもしかすると日本でのライブは最後になるかも?
終演後、送別会パーティーも会場で行われる。
昨日は最終稽古だったが、衣裳・ダンスが入るとさすがにSKD!目を見張るほど素晴らしく華やかで美しい、大いに宣伝したくなった。
[PR]

by imamusic | 2008-01-24 15:18 | 日々徒然 | Comments(8)

Commented by cmiyaji at 2008-01-24 19:15
死んでつらいのは,残った人の方.盟友の心は楽しく晴れ晴れと空を舞っているいるかもしれないな.
SKDのショウ,力が入っているね.おもしろそうだ.きっと行くよ.楽しみにしています.
Commented by カサブランカ at 2008-01-24 21:41 x
改めてお悔やみを申し上げます。「寿命」は人それぞれですが、誰かに何かを残せたのならそれは素晴らしい人生ではなかったか、と思います。
今、多田富雄さんの「寡黙なる巨人」を読んでいますが重度の脳梗塞で生きていくのもつらそうです(そこを本にしてしまうところがスゴイですが・・・)。きっと、もうお休みなさいとお迎えがきたのだと思います。センセはまだまだこれからも私たちに音楽を与えるために頑張ってください!
Commented by lavender at 2008-01-24 23:57 x
中学生だったか、高校だったか忘れたが「人が死んだ時に残るものは集めたものではなく、与えたものだ」というような言葉を聞いた。
それからずっと私は何を人に与えることが出来るのだろうと考えながら生きてきたような気がする。 音楽でも、演劇でも、絵でも、たった一言の言葉でも誰かの心に深く刻まれ喜びを与えることが出来たのならその人の生きてきた意味がある。 カサさんのおっしゃるとおりね。
現にたった一回見たきりのジャックザナイフの演技は私の中に残っています。きっとすばらしいことも、そうでないことも残すのだろう。
出来る限りよく生きたいと思っていても人を傷つけずに生きることは難しい。
でも生きて行く意味というのはあるはずだと思うのです。他人はどうだっていい、じぶんが楽しければそれでいいんだっていうはずはないと…
だってどの宗教も一様に「善く生きよ」というんだから…

GERAちゃんは音楽というはっきりした手段がある。うらやましい!
Commented by 飛行母 at 2008-01-26 13:15 x
ここへの書き込みは初めてですが、お悔やみを申し上げたくて、飛んできました。ふと、S児童館でのクリスマスイベントで、ラスト、箒を皆で寄せ合ってツリーに見立て、電飾をつけ、部屋を暗転して、ライトをともしたら、見ていた子供たちが「わあーっつ!」と歓声を上げたのを思い出しました。あの演出は、カノ方でしたよね。あの時の喜びが、私をステージドアへと押し出したのかもしれないような気がしてきました。今はもう、私は遠い世界の住人ですが、いくつかの思い出の中に、圧倒的な存在感と共に、現れる方です。ご冥福をお祈りします。
Commented by imamusic at 2008-01-26 15:53
cmiyaji殿、カサブランカさん、laveちゃん、そして、おー!飛行母さんだ!
みなさんコメントありがとう。
この世から肉体が消える直前まで、退場の花道を銀世界に変えて心憎い演出をした故人に、ヤラレました。写真を添えて残したかったので(降りしきる雪に感動していた時は撮影など忘れていたのでこんな写真しかありませんが)blogに書きアップしました。
私のオリジナル作品でありながらまとめに苦しんでいた時、彼が考え付いてくれたミュージカル「TOKYOアリス」の「落ち」で最後の合唱曲の題名でもある→「Forget for get(ting) something」を敢行しなくては、と思います。意味は深く、難しい事です。
blogに書かれた皆さんの想い出や「人間のむなしさの歌」の詩の画面を眺めるにつれ、突然悲しみがこみ上げてきてます。こういう時シャンソン・ジャズは全くダメで「SFX映画音楽」をかけました。しばらくは「ロッキーのテーマ」でも聞くことにします。こういう時はロックの方がいいなあ。
Commented by nao at 2008-01-27 01:00 x
 近しい人の死というのは悲しいですね。
 私にもそういう経験がいくつかあります。「忘れない」「ときどき思い出す」というのがぼくにできることかなと思っています。お墓参りのできる人ならそれもいいですね。
Commented by GERA at 2008-01-27 04:55 x
nao君、こんばんは。書き込みありがとう。
こんなに大事件があったのに、なかなかここに来ないので、忙しいんだなと思ってましたよ。元気なら良かった。こっちは急に寒いです。京都はいかが?
夜更かしの私には、そろそろこの時間(ゲ、早く寝なきゃ!)、芯から冷える。犬と寝室が一緒なのですぐ庭に出られるよう開けっ放しなのですわ。さすがにセントバーナード、ちっとも寒くなさそう、食欲・散歩欲・遊び欲、旺盛。
数時間前から、悲しみすら楽しくなってきました。次にスイッチしちゃったのかな。しみったれは嫌いです。墓参りも殆どしない不義理・非常識極まりない母泣かせの私。驀進します。見ておれ!
Commented by nao at 2008-01-27 20:05 x
 こちらも朝は雪でした。いろいろ仕事で、ずっとうちにこもっていました。
ご飯だけはちゃんと作っている。昨日作った煮豚を肴に、白菜鍋で生きております。
 寝不足は私はだめなんだよなあ。全く頭が回転しないからねえ。ゆっくり寝ておいしいものを食べた上で、いろいろと論文を読みながら(日本語英語)、科学する人たちに思いを馳せております。
 悲しみというのは共有できないものだね。やはり、ひとりで受け止めてカタルシスに持って行くしかない。泣きたきゃ泣け。泣いたあとには笑う日も来るのです。あだち充の漫画に「歴史上やまない雨はなかったのよ」とヒロインが言うシーンがあります(「ああ、青春の甲子園」だと思ったが……)。そんなもんさ。

<< Next! .2.2.sat.... 帰ってきたよ!我が心の青い山。 >>