伊勢、鳥羽、答志島の旅、その2。   

続き。

10/10昼、三重県鳥羽の沖合近くの答志島の九鬼水軍大将が眠る首塚のある小山に登る。

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頂上は狭い広場。不思議な事に、登り切った所に配達先のポストがあった。
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頂上の真ん中の囲いの中に、文字の書かれた石と樹があった。首塚だ。
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NHK大河ドラマの「真田丸」を毎週オンデマンドで観ている。三谷さんの脚本は面白い。幸村の父昌幸は、長男次男が豊臣と徳川に分かれ、長男の機転で命助かり、紀州九度山に幽閉されながらも、最後は家族に看取られて亡くなった。つい少し前の放映での名場面が記憶に新しい。

それと全く同じことがこの九鬼の親子にもあったことを知った。こちらは徳川に着いた方がやはり嘆願して許可を得たのに、その知らせを待たずに父は自害してしまっていたのだ。なんだか、胸が痛んだ。そして、大阪と江戸との海運交通の途中、風を待つ港として船が停留し、ゆえに栄えた港町で城下町でもあった我が鳥羽の城の見えるこの山に首塚を作れとの遺言で、ここに石がある。
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この島に来た時から、空には悠々と舞うトンビが印象的だった。そして、この頂上までの険しい登り道には大きな綺麗な色をした蜘蛛があちこちで巣を張っていた。
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山を下ると途中に分かれ道があり、浜に出た。
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堤防の手前には素朴な鳥居と社。漁師さん達の?
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行きに予約しておいた波止場の近くの「まるみつ寿司」で、超ビッグサイズの伊勢海老尽くし。お造りや軍艦や味噌汁。記念に残る美味しさ!
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山に登る途中、島民たちの墓があった。享年90歳以上が多数!
歩いていると、おばあちゃん達は自ら寄ってきて「今日は寒いね、でも山の上は気持ちいいよ」などと、見ず知らずの訪問者に人懐っこく優しく話しかけてくれる。

帰りの船に乗る前に、波止場の前の小さな露店でお土産を、あまりに美味しそうなので、買った。しらす干し!
そしたら、店の女将が、くきわかめを「こうやってね」と爪楊枝三本で上手に縦にズッーと何度も引っ張ってわかめを線状にし「これを切って水に15分くらい漬けて塩抜きしたらサラダと一緒に食べれるよ」と実演するので、母が「女子は髪の毛が大切、わかめよわかめ!わかめを食べるのよ」と言ってたのを思い出し、つい買った。東京から来たと言ったら「なら、ちょっと待って」と、陳列された商品の中から乾燥くきわかめを「サービスだよ」と言ってくれた。こっちは乾燥なので1時間半くらい水に浸けて戻す、でも塩漬けではないのでそのまま、豆とか筍とかと一緒に煮るといいよ、と。商売やりとりの中に、なんとも言えぬ、母のようなあったかさを感じた。

答志島…こんな夢のような所が、日本の中には一杯あるんだろうな。ここで産まれてここで育ちここで生涯を終える島民たち。とても幸せに長生きしているように見えた。思えば2006年から、野尻湖や知床や札幌の手稲山や美唄や大分や、自然の豊かな所へたびたび行くようになり、東京育ちの私には、そこに住む人たちと自然の在りように感動し続けている。
今回の伊勢神宮と鳥羽・答志島での短期間の体験は、その中でも特に心の奥深くへ残るスピリッツを感じた。

本日夜のキンのツボ、くきわかめを小分けして、その気分を皆さんにおすそ分けしたいな。食べる五感を通じて旅の空気と感動が伝わるかしら?







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by imamusic | 2016-10-12 02:57 | 日々徒然 | Trackback | Comments(0)

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