先生は優しい…レッスンで生徒が言った。違うよ。事実を見てるだけだよ。むしろ冷たいんじゃないかな?   

変なタイトルだ。ま、いっか。
既に昨日となった火曜日は朝から3人の個人レッスンが続いた。
最近はレッスンの時、無駄な時間にしたくないので、人ひとりに対して真剣に向き合ってしまい気合いが入って…3人続く結構疲れます。

最初の新人生徒さんが、私の何かコメントに「先生は優しい」と言った。その言葉に思わず「それは違う」と返した。
そういえば20年位前、子供のピアノ教室とタレントさんのボイトレ教室を我が家でやっていた時、演出家の旦那様が「お前の教え方は責任を持ってしっかりと教え込んでない」と言われたものだ。

教える、というのは大変難しい。自分が学び続けてる最中だというのに。
しかし私の中には、何故か、教えるという事のあるスタイルが元々存在しているようだ。強く意志として前面にあるのではなく、状況が窮鼠猫を噛むという状態の鼠になると、奥から浮き出て私自身を守るように出てくる。その状態は、例えば子育て、それから準備不足のレッスンや演奏など。
父が、私が母になった時くれた、彼が自分の子育てに参考にしたという本…羽仁進の子育ての本…そのスタイルで父は私を育てたのか?そこに私のルーツがあるのか?進学した桐朋学園を創立した教育学者の生江義男さんの「どの子にも全て、生まれながらに才能がある、それを生かせないのは教師ではない」という言葉も、私の根っこに響いて今に続いている。

自由と自立が好きだ。人間が好きだ。

その好きなものを眺めていたい。勇気づけたい。そこから溢れ出るパッションが芸術の力で昇華していくのを味わいたい。その為に、事実だけをよく見て状況把握し、分析してアイデアを提供する。ただそれだけのこと。生徒に対する優しさなど微塵もない。

自立こそが、多くの事を解決すると思う。

心を込めて教えた生徒が自立し、去っていくのを何百人いや何千人と見てきた。その寂しさには慣れっこになっているが、その後自分の世界を切り開いていってる彼らの誰かの姿の中に、ふと私の存在を確認し、ほんのりと喜びに浸る時もある。

自立には、まず、自分を見つめ知る事、その良いも悪いも愛する事、それが個性であり大切な自分、それが歌の原点だ。究極的には、リズムも音程も、関係ない。私達の住む所での音楽スタイルは社会の歴史の流れの中から存在している。しかも短い年月の中で。たった一度しかない短い人生で、歌が好きだ、という素敵なものを見つけておいて、そんな、人間が偶然に作り出した狭い音楽ルールなんかにとらわれ、自分を殺してしまっては元も子もない。私も若い頃にはその音楽ルールに縛られていた。もちろん、ルールがあるから一緒に演奏できる。そこはスポーツのルールと似ている。ルールを学び知りスキルを高めるのは悪くない。だけれど、「歌」の本質、つまり「自分自身」を見失わないように。多くのルールを知った気分になり、長年世界中で培われて既に出来上がった巷にあふれる音楽の魔法に酔って受け身の幸せ気分になる。それは自分の歌のルーツにはなるだろう。けれど、真似しても、あなたはあなたでしかない。サッチモでもないし、パティペイジでも、コルトレーンでもない。背の高さも親も環境も違う。

私には、教えるものは何もない。優しいのではなく、冷たいんだ。あなたは私のコメントに救われるのではなく、自分を愛してください、それが一番大切で一番近道、と言いたかっただけ。

あ、そうだ、今日6/8は「キンのツボ」ライブですよ(^_−)−☆
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by imamusic | 2016-06-08 01:00 | 日々徒然 | Trackback | Comments(0)

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