奇妙な誕生日……   

やっと…2015年の誕生日が過ぎた。夜中の1:30だ。

ふぅ。……なんだろ?この奇妙さ?

一日中、手元に持っているiPhoneのFacebookアイコンに数字が点灯するのを、モグラ叩きみたいに消していく作業をしていた。70〜80名くらい?いやもっと?お祝い投稿に対してせめての返信でイイねを全部押した。
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しかし、いつの間にスマホ中毒になった?

こんな誕生日は初めてだ……。

私の知人の知人だからという理由で友達申請を受けてFacebook友達とやらになってしまった殆ど知らない人からも「happy birthday!」。
かと思えば、Facebookが無ければ知れ渡ることのなかった誕生日をFacebookのシステムで知る羽目になってしまった人達の中で、畏れ多い人からのhappybirthday!
また遠く離れた外国から心を寄せてくれた心の友からのお祝い…。

半数以上は大切な人からで、個別に返信しなければ申し訳ない人、ではある。しかし、殆どしてないが…。

投稿欄にわざわざ書くようになってるFacebookシステムは、「今日はいまむら直子さんの誕生日です、タイムラインに挨拶しましょう」とか書いてあったんだろうね。だから自分で知らなくてもつい書いちゃうんだね。

それを察してか、Facebookメッセージやメールで特別に来たり、電話で来たのも数人いた。久しぶりに声を聞けて楽しかった人もいた。

もちろん、全てに感謝してはいるが……本当は、大切な人の誕生日は書きたければ自分で手帳に書いておくのが普通だろ?そしてそれは、何十人という単位ではないよね?普通。せいぜい多くて10人?

どうしちゃったんだろうね?このシステム。

私は中元も歳暮も送った事がない。Facebookでhappybirthdayを送ったこともない。時間が勿体無いし、感謝は違う形で返したいし。
え?直子さん違うよ?って?
違うかなぁ〜?

感謝の気持ち、お祝いする気持ちは大切だ。けれど、こう、なんか、しなきゃいけない、みたいな…なんだろこれ?流行?なんか変だね?

翻って見ると、それは誕生日祝い投稿の問題だけじゃない。偽善。批判。悪口。自慢。意見でなく攻撃、署名の投稿。
言葉は難しい。どれだけの真意が100%の人に伝わり得るのか?営業マンのごとく上手い文章で誘導して「同感」「共感」のコメントや多数のイイねを得る。その数が妙な信頼になって世論とまではいかないけれど多くの人達を動かす。

なんかそんな事に頭の方向が向いてしまった、不思議な誕生日だった。2015年。誕生日明けのこの気持ちの記憶、忘れまいぞ!

変な世の中になり始めている。増殖しているのは止められない。インターネットの功罪。

しかし、足をすくわれ流されかけて、反発した自分を忘れまいぞ!

5/17の昨日と、5/18の今日は、同じだ。

犬のガルが生きていれば、そんな当たり前の事を、同じ空間で共感しながら、昨日も今日も生きてたはず。

しかし、誕生日だとのお知らせで私の存在を思い出した多くの方達から、あたたかい言葉をかけもていただきました。
それも忘れません。ピリッとしたのもやんわりもあった。粋なのもあった。

言葉だけでなく、たくさんお花やプレゼントも行った先々でいただきました。私の部屋は今花だらけです。なかなかいいもんです。ありがとう!

去年までは誕生日と年末年始だけは、強烈に自分検証をしていた。今年はそんな時間が全く無かった。というか、ITに流されて、自分を省みる時間を作らなかった…。

まずは、何も考えず、もう寝よ。2:30。

誕生日は、もう過去だ。
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by imamusic | 2015-05-18 01:33 | 日々徒然 | Trackback | Comments(0)

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