椿の花 柿の実 タヌキの子 東京オリンピック馬場の石垣 秋が暮れる   

今日は久しぶりの一日中オフ。
朝、目が覚めて季節が晩秋になっているのを感じました。

肌寒い強風が枯葉を玄関先に集めた朝、小さな庭の寒椿が美しく清楚な花々をいっぺんに咲かせ、先週息子達が刈り取って何故か残してある柿の木のてっぺんの実と共に、秋空に映えて清々しかった。
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ふと見るとあちこちに冬が近づくと色づく植物が。
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一昨日の夜は、お腹を空かせたような顔をしたタヌキの子に、深夜会ったよ。我が家のすぐ近くの住宅街の小さな道で。
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寒椿が綺麗で二階のベランダに移動してみました。
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昨夜は映画を観たくなり、深夜にiTunesのレンタル映画をiPadにダウンロードし「アンコール」という映画を興味深く鑑賞、私の音楽活動に似ていて共感し繰り返し鑑賞したら身体が冷えて、朝は風邪ぎみと突然の花粉症発生でムチャ辛く、慌てて母上がくれたポララミン錠剤を飲みなんとか治ったけど、今度は強烈睡魔が襲い、ダラダラ。

毎月10日の9:00から2ヶ月先の区内公共施設の予約が抽選後のフリー予約開始となる為、午前中は、区の「けやきネット」というWeb上システムに登録団体としてログインし、ボイトレやコーラスなどサークル活動のメンバー達の都合と私のスケジュールと施設の空きを細かく点検しながら、予約作業をしていた。起きがけ机の前に張り付き1時間、これでまた身体が更に冷えてしまったが、毎月他団体もこの時間帯を狙っているので良い場所と時間を確保する為に必須な作業だ。まあなんとか1日を抜かして確保出来た。

動いて身体を暖めないとマズイ!しかしジムは15:00まで昼休み中。秋空がもったいないので、また馬事公苑まで散歩に行った。とにかく動物に会えるというのが嬉しくて。
今日は裏の弦巻門から初めて入りいつものコースと反対歩き。雨風の数日を挟み、先週から一気に秋が深まっていた。
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ふと自然林の横に不思議な石垣を発見。
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看板の解説を読んでビックリ!
これは東京オリンピックの馬術競技優勝記念碑で、堅固な日本城郭を模し、穴太流・野づら積という古い様式で築上したと。石は江戸城の用材で、江戸城外郭南側にあたる虎ノ門の中央競馬会本部新館工事の際に地下4メートルから、昭和40年に発見された。石垣に彫られた紋章や符号は石材を供給したり築上したりした大名が責任明記した。そしてなんと!ここにあるのは次の3つ。豊後国臼杵城主稲葉一通、日向国延岡城主有馬直純、豊後国佐伯城主毛利高直。3つの内2つが大分ではないか!全くもう!
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帰りは正門から出て、世田谷通りに出るまでの美しい並木道広場の紅葉を楽しみ、傍にある東京農大「食と農の博物館」の喫茶店で一休み。
博物館一階の農大の歴史展は何度見ても非常に興味深い。

ふと、大正時代の農大学生達の生活紹介のモノクロ動画に気付いた。
世田谷の前は渋谷の常盤松(現在は青山学院大の敷地内)に東京農大があり、私の祖父は福岡県三井郡太刀洗の田舎から上京して入学し、学生時代に結婚したので、父は青山で産まれている。関東大震災の2日後、大正12年9月だ。
ということは入学は大正10年前後か?実は郷里の太刀洗には、大正8年に陸軍が3年がかりで作り、のちに日本最大の飛行部隊駐屯地になる西日本飛行場発祥の陸軍太刀洗飛行場が出来た。

私は落下恐怖症ぎみで、高速スピードで下る乗り物(スキーもそうだけどタクシーで坂道を下るときも)に乗ると奈落の底に落ちるような恐ろしさを感じる。とうていジェットコースターなんかには乗った事がない。もし祖父も同じ体質なら郷里の太刀洗に出来た飛行訓練場には近づきたくも無かったろう…。

その東京農大の常盤松時代の動画の学生達の姿に、父が12才の時亡くなり私とは現世で会えなかった祖父が写ってやしないか?父と似た顔立ちの画面のあの学生かもしれない、と心が躍った。
その頃、新しい農業の仕方の実践学習の為に農大が持っていたという用賀農地で作業する学生達を見て、祖父はこの辺にも来ていたのかも、とも。(用賀農地は今は無いらしいが、どの辺にあったのかな?)
亡き父が何枚か持っていた祖父の写真は、東京農大の学生服に学帽姿でバイオリンを持ったり、マンドリンクラブに入っていた仲間達との写真だった。

2006年から、野尻湖ライブを皮切りに北海道などでも、自然の中で音楽演奏をする事が偶然続き、最近は祖父や父の眠る太刀洗にも40年以上ぶり位に行き来している。
東京で産まれ、生涯の殆どを東京で過ごして来たが、今になって「土」が呼んでいるような、そんな時の流れがゆっくり進んでいる感覚がある。

行く年来る年がもうすぐだ。
10代は学業と音楽と演劇
20代は演劇
30代は子育て
40代はミュージカル
50代はジャズ
60代は…これからだ

メチャクチャ大雑把だが、括ってしまうと、こうなのかな。社会と関わって、持てる力を生かしていく責務がある。神に感謝して。あ、親にも。祖先にも。そうそう、友人達にも。それから、応援団にも。あ、いや、世界中の人にも。っていうか、地球のあらゆる生き物にも。生かされている事に感謝。ありがとう。まだあと少し、健康管理に気をつけて、誰かの役に立っていきたい。
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by imamusic | 2014-11-10 23:13 | 日々徒然 | Trackback | Comments(0)

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