11月初日、振り返り、そして前を向く、来る年に向けて   

今年も後ふた月となりました。7月〜10月は私の活動が気温と同じようにヒートする月日でした…。

元旦から春にかけては、5月の誕生日ライブに向けて、自分探しと挑戦の苦しみがあり、それをまともにやり終えると、自分が生きている実態をなんとなく捕まえた気がします。
「音楽なんて、もっと気軽な遊び心が必要なんだよ」と誰かに(私の中からも)言われそうな気がしますが、性分でしょう、バースデイを中心に毎年この苦しみを経ないと先に進まない。

乗り越えた後の6月は、その結果が良かったのかどうか、また悩み続けます。
結局、自分というものは捉えどころがない。そして、そうだ生活しなきゃ、と社会人としてのマトモな決意もこの頃起きる。
いつまでも夢を見ていないで、その腕で社会に貢献し、ちゃんと稼いで周囲に迷惑をかけないように生きてかなきゃいかん。その為の開拓と妥協に努力せよ、と。

梅雨が終わる頃、7月中旬から北海道ツアーを皮切りに、そういう内向的な気分が一挙に吹き飛びます。
10月までの4ヶ月間、私のフットワークは軽くなり、音楽のお陰であちこちからお声がかかり、役にたっている幸せに浴しながら、バリバリ動きます。

そんな中でも、年間を通してずっと抱えている、音楽と人生と社会についての関係や自分の役割などが頭にあり、自主ライブではその事がテーマになります。

9月のハートフルコンサートは、大勢でやるイベントだけれど、言い出しっぺの主催代表は私なので、やはり参加者に対して、その答えを提示する必要があり、考え抜いた末、「平和祈願」より「自然との共生」をテーマにする事にしました。
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自然との共生をテーマにした音楽活動…これはとても難しい。上手くいった、という感じがまだまだせず、でも、演奏の技術や研究に没頭し何かを置き去りにするより、このテーマと一緒になんとかやっていった方が、私の胸は溜飲が下がるのです。

音楽仲間や応援団の皆さん、交流あるたくさんの人達と、この4ヶ月間は充分に目一杯活動し充実しました。
10月には初めて大阪でもライブをしました。
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今年の誕生日ライブには「NEXTen」という副題をつけましたが、今年はこれから10年間の活動の始まり地点で10年後には自分は昭和と平成を等分に生きた事になるという事に思いが至り「伝えると同時に共に生きる」という姿勢を大切にしたいと思ったのです。

「自然との共生」という感覚は、子育て経験がなければたぶん私のような人間には身につかなかった事でしょう。人生の師匠でもある亡くなった伴侶に心から感謝します。ぼんやりとそういう方向を2006年頃から目指していましたが、2013年3月の出来事でぼんやりがだんだん確信的にハッキリ見えてきました。
10/24の銀座での原発問題のドイツのある村の話の上映会とそれに続くグリーンドリンクスでのライブは、励みになりました。
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半年を経て今後10年間に新たに勉強しなければならないと痛感し、その旅をレールに乗せるライブツアーを企画しましたが、本当に出来るのか?とても不安で頭の中でオンオフを切ったり点けたりしていました。が、勇気を出して、出来るところまでやろうと決意しました。タイトルもつけました。

いまむら直子 face the west 「にしむくさむらいツアー2014」

大分や大阪の応援団の方達に数日前文書で送りましたが、早速「いいと思う、支持します」とメールが来て本当にホッとしました。一部を紹介します。



………………
2014年より年間5回、二四六九士(にしむくサムライ…2月4月6月9月11月)、
関東より西を向き、ご縁のある地域で音楽活動をします。

私の中での<究極の西>を、父が眠る九州福岡県太刀洗のお寺付近とすることにしました。
還暦を過ぎてなお続く人生の旅は、祖先への感謝や自分探しのルーツ探訪へ自然に足を向けてくれています。
太刀洗は長い間、隠れキリシタンの里であり、近年存在を知られ立派な聖堂が建てられましたが、父は小学生の頃、独学で学んだピアノをこの教会で弾いたことがあると、数年前父の23回忌に訪れた時、地元の親戚から聞きました。どういうわけか、教会の名前は「今村教会」というのです。建築した大工・鉄川与助氏は同じスタイル・双塔の教会を長崎にも建てましたが、それは1945年夏の原爆投下時グラウンドゼロ付近で被爆し消滅した旧浦賀天主堂です。
自分の存在と音楽への憧れの中に、悠久の時の流れや人々との縁を感じ、特に長崎は教会の存在から身近に感じて、今まで知らなかった被爆の歴史を知りたいと思うようになりました。今後原爆資料館を訪れ学びたいと思っています。
そして、あの戦争を経て戦後の日本復興に努力され私達の時代の平和に貢献された年配の方達への深い感謝の気持と、これからの生き方として自然との共生の大切さをテーマに、音楽の集いで心の交流をしていきたいと思っています。

主な演奏スタイル<ピアノ弾き語りライブ>
■昭和ジャズの魅力を伝えるピアノ弾き語りのライブ
(ライブハウス、介護施設、ミニホール、会議室、喫茶店、ホームコンサート、ミニパーティ、野外&屋内イベント、ホテルパーティなどで演奏が可能です。)
江利チエミの「テネシーワルツ」、エノケンの「月光値千金」など日本語と英語が混ざったジャズや、ジャズピアニスト中村八大が作った「上を向いて歩こう」、映画音楽でヒットした「ムーンリバー」他、美しいメロディーや軽快なスウィングと粋な詞、スタンダードナンバー、当時「ジャズ」は軽音楽の総称でシャンソンもハワイアンも「ジャズ」でした。
心に響き、楽しくなる音楽は、人々の復興エネルギー源にもなり戦後の日本は立ち直りました。年配の方には懐かしく、若い世代には新鮮な「昭和ジャズ」、世代に関係なくこの音楽を一緒に体感したいと思っています。

<参加型お楽しみ会・講座>
ピアノ弾き語りライブ以外にも、音楽を楽しむ講座や会を東京で定期的に行なっています。
お陰様で大変好評で継続していますので、東京以外でもやってみたいと思う方は、参加者(最低5名、多くて30名位迄)と会場の確保をし代表者がご連絡ください。可能な日程・条件が合えば伺います。「にしむくさむらいツアー」中に連携して行えると良いです。

■健康ボイトレ実践訓練講座(やさしいストレッチ&体操→発声発音→朗読→歌)

■歌いましょう!歌声喫茶風お楽しみお茶会

■あの歌をもう一度、合唱大好き!の会

■下北沢「音倉」ジャズコーラスワークショップ出前体験講座

■東日本大震災復興支援「チャリティ・スマイル音楽会from東京」出前Jazz &Popsセッションライブ

演奏ライブではピアノがある場所がベストですが、ない場所でもキーボードで大丈夫です。また、キーボードがなくても持参可能です。
介護施設や歌声喫茶などは、お客様の顔を見ながら、表情も交えて楽しく交流する方が効果的で、むしろキーボードで前向きの方が良い場合もあります。

時間帯は30〜120分位、必要に応じて調整します。ツアー中の連携イベント、福祉関係のボランティア活動などは費用を考慮致しますのでご相談ください。

特にご高齢の方達の施設へは、戦後日本復興に努力され私達の世代の幸せの平和に貢献された先輩達への感謝の気持と学びの気持が強くありますので、お役に立てれば光栄に思います。
……………




そして、これらの活動に、最近手に入れたあのCASIOのCTK3200と手作りケースやスタンドが役に立つと思っています。
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10年後、70才代でまだ元気でいられたら、この活動を土台にして、その先の活動を考えたいと思っています。
もうオリンピックも終わって、日本は新たな局面を迎えているでしょう。戦争や地震も不安ですが、地球規模で考えたら、この自然との共生が最優先課題のように思えます。

父の眠る「西」に顔を向けて、ということは単なる「西」ではありません。

これをスタートするにあたり、今も健在な母の故郷にどうしても行っておきたく、年末年始に大連へ一人旅をする事にしました。母は満州生まれで満州育ち。彼女が、終戦後1947年にまだ見ぬ祖国の本土へ引揚げるまで18年間を過ごした土地「大連」。その文化や生活の話をずっと聞きながら私は育ちました。チャンスが無く今まで一度も行った事がありません。
2002年にはミュージカル「ダルニー・ラプソディー(大連慕情)」も作り上演しました。
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大晦日と元旦を初めて海外の大連で迎えます。
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by imamusic | 2013-11-01 22:14 | 日々徒然 | Trackback | Comments(0)

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