新聞との付き合いと生きかた   

今日は梅雨の真っ只中のような東京・・・昼近くなって目覚め、雨戸の外はカァーッと暑い夏の日差しかと予想し勢いよく開けたら、隣家の庭の生い茂った木々の緑と古い家屋の灰色の屋根瓦にシトシトと降る雨が空間が目の前を覆い、モノトーンのかすんだ風景と湿った葉の匂いがうっすらとたちこめて、まだ夢の続きのままのような、幻想と現実のはざまのような、そんな朝(?)を迎えた。

以前はこの後、本日の自分の立ち位置を確認するために、キッチンに降りて朝食をとりながらテレビのニュースでポイントを確認し、最後に珈琲を飲みながら新聞に目を通す、という流れだった。
テレビと新聞では、自分への影響がかなり違う。そして、各新聞会社の姿勢も内容も全然違う。

子供の頃は国家公務員の父が選んだ朝日新聞。嫁ぎ先では明治生まれで日本画家の義父が東京美術学校卒業後挿絵を担当していたという理由でやはり朝日新聞。約半世紀の間、私にとっての新聞は、定期購読の朝日新聞だった。

「天声人語」が文学的に高い評価を得るほど、朝日新聞の文章は、句読点の使い方や文章の組み方、比喩のセンスなど、私の好みにマッチするものが多く、長く信頼していたので、地域の子供達の為に人生の真理とリアルタイムな社会背景を交えて物事を考える演劇活動の共同作業で、リーダーとしてのポリシーに役立ち、1997年の「栗太郎」というオリジナル戯曲などはまさに、朝日新聞記事を基にして、N.Y.でKids Spaceというホームページを立ち上げ世界中の子供達の文化交流を牽引していた日本人女性と連絡をとり、そこにアップされていたアメリカやフランスの子供達の作品をミュージカルの中に取り入れ日本の子供達の現状打破に結び付けてみるという実験の作品だった(これは下北沢演劇祭での北沢タウンホール、世田谷パブリックシアター開場記念フリーステージでのシアタートラム、東京都地域演劇祭での池袋芸術劇場で上演した)。

が、10年前、我が家は家庭崩壊をおこし、新聞は定期購読しなくなった。そのうちインターネットが発達して、ニュースはネット閲覧で済ます事が多くなった。崩壊の影響も下火になり落ち着いた頃、私の生活は一変して毎日のように電車を乗り継ぎ外出する日々になっていた。時間の隙間に使いたい頭は、何故かやはり現在の社会的立ち居地や社会状況を確認するということで、キオスクで新聞を買うことが多くなったが、その頃の朝日新聞の見出しの小さなコメントは風刺の角度が私のセンスを逆撫でし、それを読んだだけで嫌気が差すようになり、初めて他社新聞を選択する、という気持ちになった。

そうしてみると半世紀の間、なんと朝日新聞だけに育成されてきた偏った選択だったんだなー、と気づいた。三人の育児を体験した今でこそ、自分の意見というものがハッキリあるが、人生は迷うことが多く、ここに来るまでは、特に若い頃は、何が正しく何が正しくないのか、何をどうすべきか、なんて全然見えず、朝日新聞を頼りにしていたのだ。

でも他社新聞を読んでみると結構違うもんだ。よく言われる右寄り左寄り、なんてのもあるのかもしれないが、そういう論争は我々より少し上の団塊世代のおしゃべりに任せておきたい(文章の上手さは、朝日新聞に馴染んでしまうと他紙は物足りない気もするが)。安保闘争など体験していない息子達若者世代が未来そのものであり新聞社社員の中心は私達より若く、歴史に学びつつも常にありたいのは、現在と未来だ、私にとっては。

で、次に信頼できるのは読売かな?なんて思ったり、大して変わらないから産経でもいいか、なんて思ったり。でも産経新聞は現在、iPhoneアプリで全頁を無料で読めるようになってしまった。老眼に殆どなってない私はそこで読めてしまう。
そこで、最近は、地域のことも面白いかも、と以前は最下位選択だった東京新聞の夕刊(40円)をメインに買っている。

さすがに40円だけあって全く空振りの日もある。ザーッと目を通してネットニュース短文と変わらないだけの時もあるのだ。でも新聞ならではの四コマ漫画や投稿俳句、ミニミニコラムなど、壁新聞並みの手作り記事が楽しい。

そうこうしているうちに、東日本大震災関連の記事への視点や取材姿勢などの東京新聞独特のものを感じ、私の共感アンテナが久しぶりに響いた。被災者インタビューや彼らの現状や家族・生活のこと、原発に関するコラムなど、気負いが無く地に足がついた民間人目線の文章で、こちらの力みも抜ける。自然エネルギー生活の仕方を自分なりに取り組んでいる芸術的ともいえる若い人達の最近の連載記事には着眼点と取材の優しさ・確かさに感心し、私自身の芸術活動の新しいポリシー作りに今役立っている。

何故東京新聞が、これほど今響く?・・・そんなことも考えて、東大や京大卒などの官僚コースに学んだ人達が多いと思われる(かなり偏見か?)朝日新聞と、発行部数も少ない一地方新聞の東京新聞の差は、産経や読売、毎日を飛び越えた潔い位置にあるのかもしれない、と思い、どこか力みのあった自分自身の長年の生き方をもう一度、独りの人間として考え直す気持ちになった。

つい先日、原発事故調査委員会の調査結果発表があり、大事なその記事をどの新聞で読もうか、とキオスクでしばし立ち止まってしまい、やはりこの記事は…、と朝日新聞を手にした。久しぶりに襟を正した感じの、朝日新聞らしい奥ゆかしさとシャープなインテリジェンスが見えて、私には良かった。この発表の後ぞくぞくと流されるであろうテレビのあーでもないこーでもない、という報道番組は観たくもない。

翌日の朝刊…ちょうど外出する用があり、昨日の発表についてのコメントが気になって朝刊を買いたかった。少し前の、嫌気がさしていた朝日第一面の風刺短文の毒はこの日抜けていた。天声人語を読んでうなった。時々独り相撲もするこの欄だが、この日の文章は素晴らしかった。文学的にも精神的にも。

しかしまた、明日からは東京新聞に手を伸ばそう。今の私には、息子世代から学ぶものが多い。我が長男は、成果主義の会社勤めに嫌気が差し、とうとう最近脱サラして農業の勉強を始めた。お嫁ちゃんと二人で農業をやるそうだ。大事なものが何なのか、その臭覚が私より勝っている。
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by imamusic | 2012-07-07 13:01 | 日々徒然 | Trackback | Comments(4)

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Commented by ジュリアン at 2012-07-08 02:17 x
いやぁ~新聞をそんな風に分析して見たことがなかったなぁ…
何せ今は、必要なチラシの為だけに3ヶ月契約で朝日新聞を購読しているのでして。
そういえば以前、会社でMJという産業新聞を見たことがある。全く内容が一般の新聞と違い、各業種や会社の情報などが載っていて、興味をひかれて1週間だけ無料購読してみた。が…MJは3日に1回しか届かない新聞だった…それで無料購読は2回で終了(笑)
それにしても、長男くんの脱サラにはビックリ! でも、心のたくましい長男くんですから、心配よりも頼もしいですね。
うらやましいなぁ~
Commented by nao at 2012-07-08 08:38 x
私もサザエさんで育って、何の弾みかそこで文章を書くようになった。ダメなところをよく知っているつもりで、そうでないようにやって見たがなかなか難しい。まあ、これからも頑張ってみる。東京新聞は名古屋がルーツなこともあり、一味も二味もちがう。役所から遠いからかな〜。
Commented by imamusic at 2012-07-10 00:50
>ジュリアンさん、こんばんは。お元気そうですね!!
お宅の長男くんも、なかなか味わいのある人ですよ(笑)。
先日もうちの長男くんと二人で仲良く遊びに来ました。顔を見るとつい笑っちゃうほど、なんか楽しくなる。昔から素敵な笑顔ですね。
Commented by imamusic at 2012-07-10 01:00
>nao君、こんばんは。
あーそう?東京新聞は名古屋が出目でしたか。へぇー。
nao君の弾みの「そこ」…良くも悪くも日本のメディアのトップというか顔のようなものですからね。そこに居る、というだけでお墨付きですから、頑張ってください。まあ頑張らなくても、すでに浸み込んでいるでしょう?どんな風に生きたって意味を持つ。でも、だからこそ、自害する時は膝を紐でくくる侍の妻、位の覚悟を秘めていて欲しいな。いやもう秘めているお顔をしてるかもしれませんでしたね。

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