9/29(金)19:30〜横浜「ファーラウト」で、琵琶とピアノの弾き語り競演をします。   

9月半ばを過ぎ台風を経て、東京は一気に秋めいてきました。まだ時々、夏の神が名残惜しそうに暑い息を雲の上から吐いていますが、秋の神はそれを横目に落ち着いて出番を少しずつ増やしているようです。

私の9月は、毎年第二土曜日に丸一日かけて開催するアマチュアコンサート「ハートフルコンサート」(上用賀アートホール)へのラストスパートで明けます。今年も9/9にそのコンサートを終え、出演者たちから感謝のメールや感動のメールなどたくさんいただき、音楽をやっていてよかった、と思えた日々でした。人と心が繋がるという安堵感、幸せ感を味わいました。

中旬の週は敬老の日も近く、昼間のデイサービス施設・ケアハウスでの昭和ジャズライブが連日のようにあり、今までは主婦のジャズコーラス達との訪問でしたが、今年は馴染みのプロミュージシャン達とトリオを組み一緒に回れるのがとても楽しく、年配の人達の喜ぶ顔を見るのも嬉しいものです。

ちようど真ん中の9/15には、2年半続いた新橋のシャンソニエ「ベッラ・マッティーナ」での平和と音楽を考える「さくらジャズコンサート」が、30回目くらいで終了しました。私にとっては、このシリーズライブを目安にして長崎に行ったり沖縄に行ったりあれこれ考えたり企画したりした、大切な思索の足跡です。今後は、今年8月に新スタジオで始めた「Step To Peace(平和への一歩)」集会にこの流れを組み入れて継続します。

そろそろ下旬になりますが、今週末は高校在京同期会のさいたま一泊旅行や、来週末は仙川の母校近くの懐かしい居酒屋での大学同期会があり、24日には平山みきさんの伴奏でMXテレビの音楽番組の収録、28日には神戸へ輸入ピアノ販売店に掘り出し物のポーランド製中古ピアノ試弾、など目白押しのスケジュール。その合間に成城や駒込、南与野でライブもあります。

そして最終金曜日、9/29ですが、最近レギュラー出演のようになり始めている横浜「ファーラウト」で、知人の琵琶奏者・吉田旭邑さんとコラボライブをします。琵琶は楽器の原点と言われ、クラシック音楽の発祥のずっと前、800年くらい前から琵琶音楽はあるそうです。その音は強烈で豊かで、物語を弾き語るスタイルは見ごたえ聞きごたえがあります。
この日、吉田さんは、「平家物語」の中から奇跡のエピソート「那須与一」をやってくれる予定ですが、その合間になんと!ジャズの名曲「Take Five」を、私のピアノと一緒にやろうという事になりました。琵琶とピアノでのジャズ曲即興合奏を、日の丸の扇子を遠くから弓矢で射る様子の描写のあたりで挟む・・・というような事を電話打ち合わせで言っていましたが、どうなるんだろう。とても楽しみです。
朗読とも歌とも演奏とも言えるような総合芸術の琵琶演奏・・・吉田さんは琵琶を習い始めた時、大師匠の演奏を聴き、これはジャズのようだと思ったそうで、若い頃はタンゴバイオリニストとしても活動していた吉田さんのユニークな発想と確かな知識は、打ち合わせの時点から目から鱗の連続でした。グイグイとひきつけられる人柄は面白くて魅力的。
ちょっと変わった試みで、滅多にはやらないと思います。
お時間があったら、ぜひいらしてください。お待ちしています。


d0135567_01285409.jpg


















[PR]

# by imamusic | 2017-09-20 02:14 | 音楽的生活 | Trackback | Comments(0)

沖縄平和学習の旅に出掛け、最後に発見したのは沖縄のアイデンティティの素晴らしさだった。   

d0135567_02005445.png
「さとうきび畑」の歌は、ざわわ、ざわわ。ざわわ〜で始まる。これは海の音かな?心の音かな?風が渡る音かな?と想像していたがよく分からなかった。それを体感したいというのも理由の1つで、8/30から4日間の沖縄ひとり旅平和学習に出掛けた。実際、それは葉ずれの音だった。しかし、こんなに大きいとは想像していなかった。

「島唄」の中程の歌詞(ウージの森であなたと出会い ウージの下で千代にさよなら)は、この葉の中で若い2人は出会い、この葉の中で2人は自決する、という意味だそうだ。

それは本土防衛の為の捨て石作戦。その犠牲の上に、その未来の本土の人間である私の命が乗っかっている・・・。青い空も、緑のさとうきびも、何事も無かったように輝いているので、この中に立っている時は実感が湧かなかったが、こうして写真になって見てみると、不思議と悲しさや虚しさや憤りが湧き上がる。

2017年8/30から4日間、沖縄へ平和学習に行って来た。
2014年夏(終戦69年)、区切りの年になる前にと長崎へ行った。
その年4月1日に愛犬が12歳半の生涯を終え、それにて1982年3月長男誕生から、実に32年間の世話係から解放されたので、自分の人生を振り返り長く平和社会の幸せを甘受してきた理由を知る学びの時間が出来たのだ。

2014年は長崎へ行くついでに通り道にある父の墓へお参りに久しぶりに行った。父方の郷里には、いつの間にか太刀洗平和記念館が出来ていて、東洋一と言われた太刀洗飛行学校の少年生徒達が訓練後に2万人もゼロ戦飛行士として旅立ち、基地から家族に送った手紙が展示されていたのを見て、衝撃を受けた。

今回も多くの事実を知ったが、沖縄は地元民を巻き込んだ膨大な犠牲とその複雑な関係性や展開を紐解くように少しずつ知るにつけ、私の頭はたびたび混乱した。とても4日間では足りない。

しかし偶然の出逢いがあり全てをサポートしていただいて、奇跡のような平和学習の旅をプロフェショナルな導きにより行うことが出来た。

"その人"は、最初の訪問地「一中健児の塔」で公園の緑化計画を練りながら歩いているところだった。たまたまそこに私が着いたのだ。
d0135567_04010272.jpg
朝、レンタサイクルを借り市内の旭橋から国際通りを通りここまで登ってきた。途中から勾配が急になり30分ほど押しながら登ったが、この坂を首里城の方面へ老人子供の手を引き逃げ惑った沖縄地上戦での民間人の壮絶な苦労を思うと、少しでも同じ労働をして追悼したい気持ちだった。

自転車で来たと聞いて"その人"は驚き、敷地内の一中学徒隊資料展示室を見るように勧めた。資料室は近くの首里高校(旧沖縄一中)の「養秀同窓会」が建て管理していて"その人"は副会長だと言う。
冷茶を戴きながら「これから父の同級生・大城立裕さん宅へ自転車で行く、その後は嘉数公園へ」と言うと「えっ!立裕先生?!」と又驚き、しばらくして「まだこれから坂もあるし嘉数公園は自転車では遠い、今日は時間があるので車で回ってあげましょう」と。
結局、これがきっかけで"その人"照屋寛孝さんと沖縄二日間の昼間をご一緒する事になった。

まずは腹ごしらえに近くの古民家そば屋「御殿山」に連れて行ってくれた。150年も経つという民家は味わいがあった。
d0135567_09455052.jpg
沖縄の家の造りの典型的な間取りだそうで、玄関は無く、庭の引き戸から直接入れる。さあさあどうぞ、と人との繋がり、コミュニティを大事にするのだそうだ。
d0135567_04113619.jpg
入ると一番座という床の間のある部屋がある。客人はここに通されるらしい。鴨居のある左側の向こうは二番座でもう少しくつろいだ部屋。
d0135567_09525890.jpg
二番座の左奥は台所で土間がある。ここは更に身近な人達同士の集まる場所だとのこと。
d0135567_09575802.jpg
古い作り方にこだわった沖縄そば。初めて沖縄そばを美味しいと思った。
d0135567_04121287.jpg
庭に、照屋さんがこの木をもっと広めようと活動している福木があった。手前の厚みがある楕円形の大きな葉っぱがそうだ。昔は貧しい家の子供は履物がなく、丈夫なこの葉を茎の所を指に挟み草履にしたそうで、草履の木とも呼ばれていたそうだ。サンゴ礁の上に土があるという沖縄の大地にしっかりと根を張り、潮風害に強く台風でも落葉しないので防砂林として使われ、沖縄に適しているので、もっとこの木をあちこちに植えたい、その為に今地上に落ちた黄色い実を食用に出来ないかとアイデアを出しているところらしい。
d0135567_10025103.jpg
d0135567_10155765.jpg
その後、大城邸へ寄り、照屋さんも一緒にお話しした。沖縄返還前の琉球政府と返還後の県庁に部署は違うが二人とも奉職されていたので、照屋さんも初対面の大先輩に色々と話があり、口下手な私は助かった。
大城さんは私の亡き父の大学時代(上海同文書院)の同級生。1967年発表の小説「カクテルパーティー」で沖縄で初めて芥川賞を受賞した有名な作家だ。92歳とご高齢な上、圧拍骨折と坐骨神経痛で胴にギブスをされ夏風邪も引いてマスクをされ、書斎から杖をついて難儀そうに出てこられたが、玄関の上り口にある応接セットで30分くらい話をしてくれた。
初めて沖縄に来て自転車で街の様子を肌で感じながらここまで来た私の第一印象が「ここは日本とは違う文化がある、南米や地中海のようでもあり中国も混じっている、アメリカは根付いてはいないが日本文化もまた希薄な・・・異国のような」という不思議な感覚だったので、まずそれを話した。その原因が王朝があるという事にあるのだろうか、と感じていた。戦争で大変な目にあった土地だけれど、それを超越した強い存在感・・・憧れを抱くような美しさや安定感や気高さが、人々や家屋や土や植物などに潜んでいるのを感じた。沖縄の魂、とでも言おうか。そこには天皇を中心とした私達日本の文化とは相容れない。やはり王朝が違うのだ。
それらを一気に話している内に、その魅力探求の方が平和学習より私にフィットして来てグイグイ吸い寄せられ、そもそも沖縄とは、という観点から考えた方が当初の問題も解けて行く気もした。そう考えるとこの島は小さいながらも独立国家に見えて来て、思わず「大城さん、最近はアフリカなどで小さい島がどんどん独立し国になっています、沖縄はどうなんですか?」と聞いていた。32年に及ぶ私のお世話係人生も終わったというのに、世話焼き癖は続いているのか、この物語を持った魅力的な、小さくて純粋で可愛く、無力でもある島、沖縄自体を応援したくなった。「ここは、日本じゃあないですね」と言うと大城さんは大きく頷いた。

大城さんから是非行くべきと言われていた嘉数高台公園に着いたら、公園の樹木にかかっている樹名札が学名・日本名・沖縄名と三つ書いてあるのが目立ち照屋さんに言うと「あーこれはねシールを作って貼ってと大変でしたよ」と言うのでビックリ。沖縄のどこに行っても照屋さんは関係があるようだった。専門の林業や植物の話はとても楽しい。北海道でも北大山スキー部OBで林業が専門の同じ年頃の倉持さんと言う元道庁勤めの方と、山小屋ライブの折に朝散歩で樹木と土地の話をたくさん聞いた。沖縄と北海道でこのような人達と交流できたのは、私の人生の中の大きなポイントだ。あらゆる事象へのものの見方が、この樹木を通して見ると不思議に正解があるような気がする。
d0135567_05070289.jpg
d0135567_11094131.jpg
高台の展望台から、オスプレイが着陸する米軍飛行場が見えた。隣国の危険な動きも数日前にあり、72年前の沖縄と今の沖縄をヒリヒリと感じた。ここは東京とは異質な緊張感が常にある。
d0135567_05075075.jpg
それから、車ならこちらも是非行くべきと大城さんに言われた佐喜真美術館へ足を伸ばした。美術館には広島・長崎の原爆図を描いた丸木夫妻が、沖縄の惨状を描かなければ自分達の仕事は終わらないと沖縄に住みこみ調べに調べて描いた大作の絵が壁面一杯にあった。ちょうど高校生数人が見学に来ていたので館員が彼らに伝えるべく絵の細部を指しながら沖縄地上戦の成り行きを丁寧に解説していた。一緒に聞きませんか、と館員に勧められ聞いた。これを聞けて頭の中がクリアになり、とても良かった。
d0135567_05173438.jpg
8/30夜は旭橋駅近くの「ピノ・プレイス」というライブハウスへ友人に同伴して行った。後半は請われてセッションに交ざり演奏し、終演は深夜2:00過ぎ、就寝は4:00。
d0135567_05152772.jpg
翌朝は午前中、近くの「対馬丸記念館」へ自転車で往復。その後、照屋さんの車で夕方まで南部の糸満方面へ。琉球ガラス村、平和祈念資料館、識名園を回り、ガラス村以外は県庁にお勤めの頃、色々担当されたと仕事のエピソードを語ってくれた。最終日は首里城へ。

ガラス村のミュージアムには称号をもらった作家たちの目を見張る素晴らしい作品がたくさん並んでいた。
d0135567_05215776.jpg
平和記念公園。広島と長崎の火種を一緒にして灯し続けているそうだ。中央の道からここを見ると、ちょうど沖縄戦が終わった6月23日の日の出の方角に、この火があるのだそうだ。この先の海には、米軍の戦艦が大量にいて水平線は戦艦で真っ黒で、北部から命からがら逃げてここまで南下して来た住民たちを船から一斉に艦砲射撃を打ったそうで、この青空そのものが平和の印だ。
d0135567_05223812.jpg

d0135567_05231578.jpg
d0135567_05235939.jpg
d0135567_05244374.jpg
公園の資料館をじっくり見終わって遠くに見える摩文仁の丘を背景に立った。
帰り道、さとうきび畑に降ろしてもらった。
d0135567_05251511.jpg
もうひとつ、照屋さんの薦めで立ち寄った識名園。琉球王朝が外国の要人をもてなした古い庭園と別荘だそうで、前日の蕎麦屋の間取りと基本的には同じとのこと。やはり玄関がなく開放感がある。
d0135567_11341940.jpg
d0135567_11352400.jpg
d0135567_11361094.jpg
d0135567_05260675.jpg
d0135567_05264313.jpg

最終日に行った首里城は・・・本当は戦争時に首里城の地下に作った日本軍の総司令部と共に空爆で完全に無くなったのだが、観光の為に復元したものだ。行って見たが、全てがハリボテで大雑把なペンキ塗り・・・遊園地のお化け屋敷のレベルで・・・唖然とし、憤り、そして悲しくなり、初めて沖縄の喪失感に触れたようで涙が出た。順路があるので仕方なく城内に入ったが・・・見るに忍びない。周囲は中国語が飛び交う観光客で一杯。日本人なら到底しないが、彼らはワイワイと王様の玉座の前でピースサインで記念撮影をしていた。それでも、、このお陰で生活している人がいる。チラリと数日間訪れただけの内地の世間知らずの私が、何か言うべきではない。せめて、沖縄の美しく気高いアイデンティティーをもっと探求して、その底知れぬ強さに触れ、それをもって、むしろアイデンティティーを見失っている私や息子たちの世代への刺激にし、そこから新しい時代の危機に対しての平和を考える基礎としたい。














[PR]

# by imamusic | 2017-09-04 02:00 | 日々徒然 | Trackback | Comments(0)

今年もハートフルコンサートを開催します。   

9月に入りました。第10回目を迎える「ハートフルコンサート」を9/9上用賀アートホールにて行います。興味のある方はどうぞ遊びにきてください!
d0135567_00402150.png

d0135567_00403440.png

d0135567_00404969.png
 
d0135567_00410209.png

d0135567_00412222.png

d0135567_00414445.png

d0135567_00420075.png
大分上野丘高校同窓生は16:00頃校歌を歌いますので、ステージに飛び入り歌唱参加歓迎します。

打ち上げ会場と書いてありますが出演者中心の打ち上げです。事前予約制で既に定員になりましたので〆切です。

自然との共生と平和を緩やかなテーマにしています。気楽に音楽を楽しみにきてください。






[PR]

# by imamusic | 2017-09-02 00:37 | ハートフルコンサート | Trackback | Comments(0)